「彼は14歳にして、質問に対してもじっと『最善』の答えを考えていました。面白いことを答えようとか、会話中の沈黙が気まずいから適当な答えでお茶を濁そうとか、そういうことが一切ない。深く考え、言葉を選ぶ。そして、将棋の対局では、最善でしかも華のある手を指します」(松本さん)

 AI(人工知能)が人間の棋力を凌駕して久しいが、将棋は鍛え抜かれた強者同士が盤上で技術を交錯させ合う人間ドラマだ。コンピューター同士で自動で指し続ければ棋譜は無限に生成されるが、ファンが見たいのはそんなものではない。

 17歳の高校生に敗れて棋聖位を失った渡辺明二冠(36)が初挑戦で名人位を奪い、敗れた豊島将之竜王(30)が対藤井二冠無敗を伸ばす5勝目を挙げて壁として立ち塞がり、さらに永瀬拓矢王座(28)から持将棋(引き分け)2局を含むフルセット九番勝負で叡王位をもぎ取った。この「4強」に強豪棋士が入り乱れて繰り広げるドラマは、しばらく続きそうだ。(編集部・大平誠)

AERA 2020年10月5日号より抜粋