この事業は、新進棋士奨励会(以下、奨励会)のようなプロの養成に直結する活動ではなく、庶民の遊びである将棋の魅力を伝えることで文化の裾野を広げることが目的であり、期待に違わぬ成果が出ていると言えよう。

 普及や教育の一方で、棋士に備わる「思考力」がどのように身につくのか、また学校の教科における学力との相関関係の考察はあまりない。要するに、地頭がいいから将棋が強いのか、はたまた将棋を続けることが学力向上につながるのか──。

 これについて、将棋ライターの松本博文さん(47)は、こう説明する。

「棋士の才能はイコール年齢だと思っています。少なくとも6歳ぐらいまでに将棋を始めた、同世代の中で突き抜けた存在の『筋のいい子』が、時間が許す限り将棋に没頭することがトッププロになる条件。伸び悩む子もいるけど、最終的に残るのはそういう人です。棋士と学問の適性は別モノです」

■早い段階であきらめる

 たとえば、東京大学法学部を卒業した片上大輔七段(39)や、東京大学工学部から同大学院に進んで車の自動運転を研究している谷合廣紀四段(26)ら「東大出身棋士」は、ともにタイトル争いに絡んだ経験はない。

 実は、松本さん自身も東大法学部を卒業し、在学中は将棋部で団体戦全国大会優勝戦に貢献するなど活躍した。それでも、「プロ棋士になろうと思ったことすらない」と言う。

「私は山口県下関市の出身で、将棋好きの祖父に教わり始めたのが小3の頃。たとえば私がアマチュア初段だった小6のころ、同い年で小学生名人戦で優勝した野月浩貴八段はアマチュア五段でした。高校全国大会で優勝した1学年下の少年に『プロ入りを考えたことは?』と尋ねたところ、『そんな夢は見ていられない』と首を振っていました」

 松本さんは、子ども時代をそう振り返りつつ、続ける。

「だから、年下の藤井少年に勝てなかった子たちは、余計に早い段階で棋士をあきらめて方向転換をした例が多いと思いますよ。あれだけの才能を目の当たりにしたら、逆に将棋の強い頭のいい子たちは切り替えも早いので」

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