結局、選挙と外遊は裏と表の関係でした。何か問題が起きると外交に走るか、時期をみて選挙に走るか──。ひたすら支持率を上げるため、テコ入れとして繰り返してきたのだと思います。つまり、動きだけは非常にたくさんあるけれど、具体的な成果に乏しかったと思います。

 長期政権ゆえに、国際的に「ABE」という名前が色んな場で印象づけられたことは確かです。これもレガシーだというならレガシーでしょう。しかしそれは長かったゆえであって、具体的に外交政策として何が成功したのかと考えると、日米関係をはじめとする巨大なお荷物を背負ったまま、結局おもちゃ箱が散乱している状態と言えます。

 ただ、まさに歴史の皮肉だと思うのですが、安倍首相は自らが一番やりたくなかったことでレガシーを遺しました。2015年の慰安婦問題日韓合意です。当時、米国からの強いプッシュのもとに日韓は合意に至りました。朴槿恵(パククネ)政権から文在寅(ムンジェイン)政権になり、韓国側の頑なな対応で事実上この合意が形骸化してしまい、現在の日韓関係は大きくこじれています。

 とはいえ、瓢箪から駒でも日韓合意に踏み込んだということがいずれは安倍政権のレガシーとなることは間違いありません。なぜなら、今後日韓が歴史問題を解決しようとするとき、安倍首相にとって不本意だったこの日韓合意が必ずや大きな担保になるからです。そういう点でも、まさにこれは歴史のパラドックスだと言えるでしょう。

(聞き手/編集部・三島恵美子)

AERA 2020年9月7日号

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姜尚中

姜尚中

姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

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