元朝日新聞記者 稲垣えみ子
元朝日新聞記者 稲垣えみ子
ノーエアコン生活を送る身としては、奇跡のように涼しいお部屋で寝るだけでも贅沢の極み(写真:本人提供)
ノーエアコン生活を送る身としては、奇跡のように涼しいお部屋で寝るだけでも贅沢の極み(写真:本人提供)

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

【この記事の写真をもっと見る】

*  *  *

 今年の夏はなんだかツルンとしている。何しろGoToと言われようが言われなかろうが遠方へは移動しづらく、地元でも、盆踊りも夏祭りも軒並み中止。つまりはこの猛暑の中、ほぼ半径1キロの世界で、スペシャルなことゼロの日常を平常心で過ごす私。

 ま、それはそれでいいんだが、このままズルズル秋を迎えるのもどうも工夫がない。何しろ特別な夏(by百合子)なんだしさ。で、ふと思い立ち、ご近所のホテルに何の理由もなく泊まるという謎の行動に出たのであった。

 昔の建物をオシャレに改装した、ずっと気になっていたホテル。でも近すぎて宿泊する機会もなく、そうこうするうち今年いっぱいで閉館と知ったのだ。どうせ旅の一つも出来ないんだし、ならば一泊の贅沢くらいいいじゃないかと。そう「これが私の夏休み」ってコトにすれば良い。

 これが思いの外ヒットだった。いやまあ実際やったことといえば、自宅から自転車こいで夕方チェックインし、部屋で本読んだり音楽聴いたり居眠りしたり。つまりは普段家でやってることを近所のホテルの部屋でやったってだけなんだが、この無駄さ加減があまりにも贅沢である。そう贅沢とは無駄のこと。これほどの無駄もそうそうない。

 ホテルも素晴らしかった。余分な設備のない簡素なインテリアは落ち着いたし、部屋まで案内してくれたのも嬉しかった。何しろ今や、チェックインすら自販機みたいな機械に任せ「いらっしゃいませ」も省略ってとこが珍しくないからね。そうだよ「おもてなし」って手間をかけること。効率化ハンタイ! と心の中で叫び、機会を見てまた泊まろうかナとすら思う私。

 そうか、これって新しい旅のスタイルなのかもしれない。旅って発見と感動が肝心なわけで、近所だって充分成立する。で、近所の人はコケおどしや見掛け倒しじゃ納得しないからね。近所の人を相手にすると「実」のある本物しか残れない。コロナ禍の今とは、そんなふうに全国の観光地のレベルが上がるチャンスなのではないでしょうか。

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

AERA 2020年8月31日号

著者プロフィールを見る
稲垣えみ子

稲垣えみ子

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

稲垣えみ子の記事一覧はこちら