そして再び「愛の不時着」に戻るなら、ジョンヒョクは最初から「家事をする男」だった。不時着してきたセリのために麺をゆで、豆を煎ってコーヒーをいれた。その姿にあらゆる女子がもっていかれたのは、これまでの道があったから。そしてヒョンビンがマッチョでない男性だから。そう思う。

 他にも、ヒョンビン沼には「愛の不時着」への布石がたくさん落ちていた。もう誰も使わなくなったポケベルで、最後にヒロインからメッセージが送られる「雪の女王」。「愛の不時着」でセリに届く予約メールだな、と思う。映画「王宮の夜鬼」で、「王たるもの」を自覚したチャラい王子のヒョンビンが、最後に「遅れて、すまない」と民につぶやく。軍事境界線を越える時、別れがたいジョンヒョクが道を間違えたふりをして、セリに「すまない」と言う。その声と重なる。

 我が心も、ヒョンビンも、すべての道は「愛の不時着」に通ず。そんな、沼。(コラムニスト・矢部万紀子

AERA 2020年8月10日-17日合併号より抜粋

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矢部万紀子

矢部万紀子

矢部万紀子(やべまきこ)/1961年三重県生まれ/横浜育ち。コラムニスト。1983年朝日新聞社に入社、宇都宮支局、学芸部を経て「AERA」、経済部、「週刊朝日」に所属。週刊朝日で担当した松本人志著『遺書』『松本』がミリオンセラーに。「AERA」編集長代理、書籍編集部長をつとめ、2011年退社。同年シニア女性誌「いきいき(現「ハルメク」)」編集長に。2017年に(株)ハルメクを退社、フリーに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『美智子さまという奇跡』『雅子さまの笑顔』。

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