「『灰』というお題のときは困りましたね。玉鬘(たまかずら)の家に通う髭黒(ひげくろ)が自分の家から出かける前、装束に香をたきしめていた奥方が物の怪にやられたはって、髭黒に香炉の灰を被せてしまうシーンがあるんです。え、灰? どうしようって」

 困りながらも作り上げたのが「灰かぶり」。五穀米に道明寺粉(どうみょうじこ)を合わせ、灰にまみれた髭黒を表現した。器は大野素子さんの作品である。

「日頃お付き合いのある現代作家の作品や、夫が扱っている古美術や北大路魯山人(ろさんじん)の器を使うこともありました。特に料理家でもあった魯山人の作品には助けられましたね」

 長い「源氏物語」を読み切るのは大変だが、この本ではお菓子のいわれを読みながら「源氏」の世界を追体験する楽しみがある。まさに「目で味わう」一冊である。

(ライター・千葉望)

■リブロの野上由人さんオススメの一冊
『「許せない」がやめられない SNSで蔓延する「#怒りの快楽」依存症』は、主にツイッターでの「正義と正義の終わりなき闘争」に言及した一冊。リブロの野上由人さんは、同著の魅力を次のように寄せる。

*  *  *

 批評家の綿野恵太が昨年、著書『「差別はいけない」とみんないうけれど。』で、「みんなが差別を批判できる時代」における反差別のロジックを鮮やかに分析してみせた。そのSNS事例集ともいえる本書は、フェミニズム、LGBT、性表現規制をめぐる主にツイッター上の論争を取り上げる。そして反差別の言論が分断と衝突を繰り返し、各陣営は細分化・先鋭化し、本来の目的(人権保障)に及ばず、怒りに依存して運動が自己目的化している状況を批判的に紹介する。

 正義と正義の終わりなき闘争に一度はまってしまうと簡単には抜け出せない心理状態を「依存症」と称したことを含め、本書も批判の対象になるだろう。だが、著者の準備と覚悟は整っているようだ。

 本書には登場しないが「安倍政権が許せない」人々についての分析も読んでみたい。

AERA 2020年8月3日号