上村五段は、棋士には研究中には気づかずに駒を進めるような局面でも、いざ実戦になると指しやすい展開ではないと不安を覚えるようなことが多々あると話す。そして藤井棋聖の強さの秘密がこの「実戦」の時間にあるのではないか、とみる。

「棋聖戦や王位戦の戦いぶりを見て、藤井さんが大事な場面では湯水のように持ち時間を使っているのを皆さんお感じになったと思いますが、これはタイトル戦に限ったことじゃない。藤井さんは普段の対局から徹底的に時間を使い切って自分の糧にしているのです」(上村五段)

 序中盤で優勢になれば、テンポも早まって指すのが待ち遠しくなりそうなものだ。しかし。

「形勢のいかんにかかわらず、どの局面でも最善手を探すというスタンスが確立しています。将棋の真理を追求するようなこの姿勢が続く限り、藤井さんはどんどん強くなり周りとの差を広げていくのでは」

 こう評価する上村五段は、藤井棋聖がまだ一度も勝ったことがない豊島名人・竜王をこの7月、棋王戦挑戦者決定トーナメントで破った。引き金になったのは「必殺」の後手横歩取り。AIだけでは測れない将棋の魅力が、盤上にはまだ広がっている。今年の世界コンピュータ将棋オンライン大会で優勝した将棋ソフト「水匠」を開発した弁護士の杉村達也さん(33)はこう言う。

「将棋AIは序盤の指し手がまだ甘くて、序盤の評価値が良くても振り返ると実は不利だったというケースがよくあります。渡辺二冠は棋聖戦第3局で90手ぐらいまで想定していたと言われていたので、どうすれば高い精度でそこまで検討できるのか教えていただきたいぐらい。ソフト開発と棋士の研究が一緒にできれば素晴らしいと思います」

 AI並みのスピードで進化する藤井棋聖の時代が来るのか、渡辺二冠ら最強棋士たちが巻き返すのか、それともAIネイティブ世代の超新星が現れるのか。一つ確かなことは、今、将棋が面白いということだ。(編集部・大平誠)

AERA 2020年8月3日号より抜粋