こう語るのは、今年5月に行われた世界コンピュータ将棋オンライン大会で優勝した将棋ソフト「水匠」を開発した弁護士の杉村達也さん(33)だ。人間同士の将棋の指し合いでは、中終盤になるとAIが想定していた手からは必ず外れていくものだ。棋聖戦第2局、その中盤で繰り出した藤井棋聖の一手は、まさに衝撃だった。

 58手目、藤井棋聖は渡辺二冠の攻めを受け止めるために、持ち駒を使って「3一銀」と指した。渡辺二冠が驚きの表情を見せただけでなく、テレビ中継の解説陣も全く読んでいなかったこの一手は、一見凡庸に見えた。しかし、実はその後の形勢をどんどん有利に運ぶ、勝ちにつながる最善手だったのだ。

「この手は将棋AIがとても読みづらい手で、28手先までの6億パターンを読んで初めて見つかるような最善手でした。ですから藤井さんは、相当な大局観と読みを持っていると感じました」(杉村さん)

 それでもなお、AIと藤井棋聖のイメージが重なる点があるとすれば、それは棋力を増大させていくスピードかもしれない。

「当時からすると、角1枚は強くなっているのかなと思います」

 藤井棋聖は木村一基王位(47)に挑む王位戦第1局前のインタビューで、こう述べた。当時とは、四段昇進を決める直前、すなわち4年前の自分との比較だった。将棋で「角1枚」の差はとてつもなく大きい。

「将棋AIは今も進歩を続けていて、1年前の自分に7割ぐらい勝つ実力を更新し続けています。藤井さんが三段時代より角1枚強くなっているとすれば、コンピューターの成長速度に匹敵するような凄まじさかもしれません」(杉村さん)

(編集部・大平誠)

AERA 2020年8月3日号より抜粋