村は本格的に雨が降り始めた3日午後5時過ぎに「避難準備・高齢者等避難開始」を発令、同午後10時20分には「避難勧告」に切り替えた。翌4日の早朝、千寿園では職員が球磨川の支流が異常に増水していることに気がつき、入所者全員を起こして避難の準備を進めていた。

 立木教授は言う。

「一般に、私たちには、どっちに転んでも困ったことが起きる場面では、何もしないで難を逃れられるチャンスがあるならそちらに賭ける『リスク追求バイアス』が働く傾向があります。今回も、そのバイアスが働いたのかもしれません」

■危険地域に高齢者施設

 リスク追求バイアスを是正するのが、災害情報を主体的に読み解く力「防災リテラシー」だ。

 立木教授は続ける。

「防災リテラシーは、施設管理者にとって極めて大事なポイント。防災リテラシーが高いと、早く意思決定をして『逃げる』というアクションを取ることが多いとわかっています」

 立木教授は、千寿園が計画や訓練をアクションにつなげることができなかったのは、防災リテラシーを高めることと計画と訓練とがセットになっていなかったのではないか、と言う。

「マイ・タイムラインに基づいた時系列に即した行動計画を作り、職員には防災リテラシーを高める研修が欠かせない」

 一方、高齢者施設が危険な場所に立つことによる被害も繰り返されてきた。球磨川水系は洪水の恐れがある「洪水浸水想定区域」に指定され、千寿園一帯もこの区域に入っていた。

 昨年の台風19号で被災した川越市の福祉施設も、このような危険な場所に立地していた。立木教授は、背景には地価の問題や地域住民の反対があるとして、こう指摘する。

「危険な氾濫域に立地する高齢者施設は、00年の介護保険制度導入後のこの20年間で激増しています。その多くが災害危険区域に立地していると言ってよい。危険な場所に福祉施設を建設せざるを得ないよう追い込んだ、社会的差別の構造が厳然としてあります」

 6月、土砂災害などの危険が高い地区の開発規制を強化する改正都市計画法が成立し、2年程度の周知期間を経て施行する。しかし目下、対象となるのは土砂と津波だけだ。立木教授は、水害危険エリアにも「レッドゾーン」を設け福祉施設を建ててはいけないようにすることと、既存の入所施設については高台など安全な場所へ移転する「政策誘導」が必要と説く。

「平時と災害時の対応が縦割りの弊害もあります。一案として、要配慮者の心身状況を熟知したケアマネジャーなどが実効性の高い災害時ケアプランを作成し、取り入れた施設には介護報酬を加算する方法が考えられます」

(編集部・野村昌二)

AERA 2020年7月27日号より抜粋

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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