蒸留の仕組みはシンプルだ。発酵した液体を熱し、のぼってきた蒸気を冷やし、アルコール度の高い透明な液体を取り出す。その液体をボトルに入れセラーで落ち着かせる。蒸留したてのものはアルコールと水がバラバラの状態で、刺激が強すぎたり、香りもぼんやりしているためだ。

 その間に「これをどうしようか」と、思案するのが楽しみでもある。どこまで熟成させて完成とするか? ヨモギやレモングラス、ネーブルの果皮や山椒を漬け込んでみたらどうか。

「基本的にはそのままでおいしいから、あまり余計なことはしたくないんですけどね」

 もぎたての果実や葉を口にふくんだときのみずみずしいフレッシュさ。その第一印象がそのままに液体になることが、第一の到達点だ。

 しかし遊びもたくさんある。江口のオー・ド・ビーはネーミングもアイデアも、とにかくユニークだ。チョコレートの原料となるカカオ豆をローストしたカカオニブとミントの葉でできた「CHOC&MINT」、伊豆産のわさびと埼玉産の梨を蒸留した「WASABI POIRE-SON(わさびポアゾン)」などなど。量産はできず、1回の蒸留で100ミリリットルの小さなボトル50本のみ、ということもある。多くて1種類400~500本。それが月に1度のオンライン販売で、数分で完売してしまう。 

 瓶詰め作業をする工房の作業台には、新作のパッケージのデザイン画が広げてある。ボトルの形状や印刷物のデザイン、すべてに江口は目を配る。

「本を作っているのと同じですね。そういうのがやりたくて、蒸留をやっているようなものかも」

 そう、もともと江口は「本の人」だったのだ。2002年にアートブックを中心としたブックショップ「ユトレヒト」を立ち上げ、ブックセレクションや出版、毎年2万人以上を動員する日本初のアートブックフェアなどを手がけてきた。ブックディレクターとして著名なBACHの幅允孝(43)とともに本の世界に新風を吹き込んだ人物として、国内外の出版業界では知られた存在だった。

(文/中村千晶)
                                                                
※記事の続きは「AERA 2020年7月27日号」でご覧いただけます。