尾崎世界観(おざき・せかいかん)/1984年、東京都生まれ。4人組ロックバンド「クリープハイプ」のボーカル・ギター。著書に日記エッセイ『苦汁100% 濃縮還元』ほか。新刊の対談集『身のある話と、歯に詰まるワタシ』が発売中(撮影/写真部・松永卓也)
尾崎世界観(おざき・せかいかん)/1984年、東京都生まれ。4人組ロックバンド「クリープハイプ」のボーカル・ギター。著書に日記エッセイ『苦汁100% 濃縮還元』ほか。新刊の対談集『身のある話と、歯に詰まるワタシ』が発売中(撮影/写真部・松永卓也)
「ウィズコロナの世界では、人と人との物理的な距離が広がり、言葉の重要性がより強くなっていく」と語る(撮影/写真部・松永卓也)
「ウィズコロナの世界では、人と人との物理的な距離が広がり、言葉の重要性がより強くなっていく」と語る(撮影/写真部・松永卓也)

 ロックバンド「クリープハイプ」のボーカルとしてだけではなく、作家活動でも高い評価を受ける。10周年ツアーの中止が決まり、音楽を表現する場がなくなったとき、尾崎世界観を救ったのは書く仕事だったという。AERA 2020年7月20日号から。

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──自粛期間中はどう過ごしていましたか。

 3月、4月は本当に何もせずに、毎日ダラダラ過ごしていました。時間はあるのに、自分の中から何も出てこなくなって、曲がつくれなかったんです。こういう時間の過ごし方は十数年ぶりで、デビュー前、バイトもせず無為に過ごしていた悔しい日々を思い出しました。

 でも、あの頃につくった曲のいくつかは今でもライブの定番曲になっているんです。最近、昔のような曲がつくれないことに悩んでいました。もちろん、時間が経って生活も変わっているのにあの頃と同じ曲をつくるのはリアルではないけれど、もしかしたら今回、以前のようなやり方で音楽をつくることができるんじゃないかと思ったんです。つまり、レコーディングやリリースが決まっている上で曲づくりをするのではなく、生活の中から自然と出てきたものを曲にするやり方で。

 それで、自分はこの自粛期間を、徹底的に休む期間だと考えました。あえて退化するためのとっておきのチャンスだと捉えたんです。オフィシャルに休んで何もしないことが、今後の自分の財産になると信じて過ごしていました。

──しかし、それでもなかなか曲はつくれなかった。

 つくれなかったですね。表現者として現在の状況にダメージを受けていたんですね。正直だなと自分で思いました。だけどそれは悪いことではないと思います。誰もが困り、社会が止まっている中、自分だけたくさん曲がつくれたら、それも気持ちが悪いと思うんです。不安だったけれど、客観的に見たら、今、創作活動がストップしてしまうのは人間味があって良いことだと思いました。

──その状態からどうやって脱したのですか?

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