稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
というわけで無事、恒例の「ご飯と味噌汁(大)」生活の日々を心おきなく堪能(写真:本人提供)
というわけで無事、恒例の「ご飯と味噌汁(大)」生活の日々を心おきなく堪能(写真:本人提供)

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

【写真】稲垣さんが大好きな「ご飯と味噌汁」

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 ミニマリストを自称しているわけではないのだが、冷蔵庫がないのと家が狭すぎるのとで、いわゆる「持たない暮らし」を始めて5年ほど経つ。そしてこの間、東京でも災害の危機があり買い占め騒ぎが起きたりして、備蓄がないということのリスクを自分なりに考えてきた。

 結論から言えば、特別な備蓄がなくとも我が家には常時コメと炭と乾物があり、そもそもオフグリッド生活なのでライフラインが切れても1週間はビクともしないスキルもある。つまりは泰然と普段通り暮らしていれば良いという結論に達したのであった。

 だがこのコロナ騒ぎではさすがに考えてしまった。東京では緊急事態宣言前から買い占めが始まり、米や乾麺が次々とスーパーから姿を消した。災害と違っていつまでこの事態が続くかもわからない。コメさえあればなんとかなるというのが私の持論だが、そのコメさえ今ある分が底をついたら手に入らないかもしれない。コメだけは余分に買っておくべきか。でもそれも悔しかった。大丈夫私には米屋がいる。私はコメはいつもここで買うのですっかり仲良しなのだ。いざとなったら助けてくれるに違いない。だが唯一の心配はお店自体が営業自粛で閉まってしまうこと。なにしろ前例のない事態だから何が起きるかわからない。

 で、結局どうしたかというとですね、私は悩みに悩んだ末「普段通り」を通したのである。いざとなったら「断食と瞑想」で乗り切れば良い。このアイデアは実はパクリで、私の愛読するヘルマン・ヘッセの小説の主人公が、瞑想と断食を武器に、つまりは無欲であることを武器に色々と大活躍するのである。そうだよ今こそあれを実践するチャンスかも! そう思ったらワクワクしてきた。

 もちろん小説と現実は違い、米屋はありがたくも営業を続け、我が家の米も底をつかず、ついては私は大活躍のチャンスを逃してしまった。だが今もあの時の案外切羽詰まった選択を思い出すと我ながら笑えてくる。私もなかなかの人物になったものだ。

AERA 2020年7月13日号

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稲垣えみ子

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稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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