「いくら仲が良くても現場は現場。彼らが何をもって撮影を楽しみ、何をもって緊張していたかというと、蓮司さんの世代で主演を取り、これだけオールスターが集う映画は昨今ないわけです。俳優たちはその醍醐味(だいごみ)みたいなものを楽しみに来つつ、昨今ない作品だけにそれなりの気構えで来ないと作品を台無しにしてしまう。そんな緊張感があったのではないかと思います」

 俳優たちが生み出す演技はまるで、異なる楽器が絶妙に絡む即興演奏のよう。

「日本映画を支えてきた人たちとご一緒すると、うらやましくもあり悔しさもあります。一方で、その良き時代の匂いみたいなものを私も嗅ぎたいという気持ちがある。現実に返ると映画業界も良いことばかりではないので、監督をしつつ彼らと同じ夢を見たいという気持ちになるわけです。撮影現場で、『映画っていいよなぁ』って、あらためて思いたいと」

◎「一度も撃ってません」
青春を諦めきれない大人たちの喜劇。東京・TOHOシネマズ日比谷、新宿武蔵野館ほか全国公開中

■もう1本おすすめDVD「大鹿村騒動記」

「一度も撃ってません」には、原田芳雄さんが書き残した文字がバーの店名として刻まれている。ある意味、原田さん主演の映画「大鹿村騒動記」(2011年)があってこそ生まれた作品だ。石橋蓮司さんを始め、本作は「一度も撃ってません」の主要役者が顔をそろえる。

 舞台は歌舞伎が伝承されている長野県大鹿村。鹿料理店を営む風祭善(原田)も目前に迫る公演に向けて稽古に励んでいた。そんなある日、18年前に幼なじみの治(岸部一徳)と駆け落ちした妻の貴子(大楠道代)が村に帰ってくる。治は、脳の疾患による記憶障害となった貴子を善に返す、と言うのだった……。

 過疎化や認知症、性同一性障害など現代日本が抱える諸課題をコメディー仕立てで描いた。公開当時は、立て続けに起きた親しい人の死にクヨクヨしていた筆者だが、すべてを受け入れる善の限りない優しさに癒やされ、芸達者な俳優たちが見せてくれた人生の妙に、年を重ねることの恐れから解放されたものだ。9年経った今、さらにそう思う。

 二つの作品に通底する「おかしみ」を味わって思う。今の世の中、もっと大人が楽しめる映画があっていい。

◎「大鹿村騒動記」
発売元:セディックインターナショナル/講談社
販売元:東映/東映ビデオ
価格4700円+税/DVD発売中

(フリーランス記者・坂口さゆり)

AERA 2020年7月13日号