どうしてこういう展開になるのか。それを解くカギは、文在寅(ムンジェイン)大統領が朝鮮戦争開戦70年にあたって同月25日に行った演説にある。文氏は戦争の惨禍と平和の重要性を訴えたが、同月16日に起きた南北共同連絡事務所の爆破など、北朝鮮による一連の軍事挑発や核・ミサイル開発を非難しなかった。「我が民族が戦争の痛みを受けている間、むしろ戦争特需を享受した国々もあった」と語った。

 これは名指しこそ避けたが、日本を批判する意味が込められている。韓国では、朝鮮戦争を語るとき、進歩(革新)系を中心に、日本の貢献には触れず、朝鮮半島を犠牲にして日本が経済発展を遂げたというとらえ方が一般的だからだ。日本政府関係者の一人は演説について「4月の総選挙で大勝し、2022年5月までの任期中、保守勢力の理解を得る必要はないと思い定めた結果かもしれない」とし、「南北政策で頭がいっぱいで、日韓関係に頭が回らないのだろう」とも語る。演説で遠回しに日本を批判したのも、民族和解を促すため、日本をダシに使った結果というわけだ。

 実際、最近の韓国政府の対日政策は場当たり的な動きに終始している。例えば、日本の輸出管理措置を巡るWTO提訴再開は、むしろ韓国にマイナス効果をもたらす可能性が高い。WTOの場合、手続き完了までに約2年かかるとされ、それまでに文大統領の任期が終わってしまう。しかも、WTOは最終的に裁定する上級委員会が機能停止に陥り、昨年12月から新規案件を受け付けられない状態だ。

 逆に、日韓関係筋によれば、輸出管理措置を巡る日韓協議を担当する経済産業省に対し、半導体など素材3品目を扱う日本企業から、措置を元に戻すよう求める陳情が相次いでいた。同筋は「日韓協議を続けていれば、WTOへの提訴再開より早く、韓国の希望がかなえられた可能性が高い」と語る。

 別の関係筋によれば、提訴再開を働きかけたのは、韓国大統領府の鄭義溶(チョンウィヨン)国家安保室長らだという。鄭氏らは、文大統領が3月1日、独立運動を祝う記念演説で日本を念頭に「未来志向の協力関係に向けて努力しよう」と呼びかけたのに、日本の対応が不十分だと指摘。日韓協議を担当する韓国産業通商資源省に提訴再開を指示したという。同筋は「度が過ぎた大統領への忠誠競争の結果だ」と語る。

 日本政府は公式には、輸出管理措置の強化は、日本企業に元徴用工らへの損害賠償を命じた韓国大法院(最高裁)の判決とは無関係とするが、実態は違う。政府関係者の一人は「輸出管理措置は、判決による日本企業の資産現金化を防ぐ唯一の手段であることは間違いない。韓国の動きで、むしろカードを失わずに済んだのも事実だ」と語る。(朝日新聞編集委員・牧野愛博)

AERA 2020年7月13日号より抜粋