だが、編集者いわく執筆は「ものすごく速かった」という。しかも全てスマートフォンで書いたというから驚きだ。

「“家族”というものにできるだけ丸裸の状態で挑みたかったんです。言葉も自分のものに近く、友だちにLINEするような感覚で書いてみよう、と」

 20代の過剰な自意識やぐねぐねと屈折した心がリアルに正直に胸に迫る。タイトル「またね」に込められた意味に、誰もがグッとくるはずだ。

「家族ってなんだろう? と思って書いて、結局その答えはわからなかった。でも、自分の家族は恥ずかしくはない、家族がいるから自分がいると受け入れることができました」

 映画化の構想は?

「自分ではしないと思います。小説でしかできないことをやったつもりだから。でも、誰かが手を挙げてくれるなら、ぜひお願いしたいですね」

(フリーランス記者・中村千晶)

■東京堂書店の竹田学さんオススメの一冊
『治したくない ひがし町診療所の日々』は、「治さない」という新たな精神医療の在り方について、正面から向き合ったルポライトだ。東京堂書店の竹田学さんは、同著の魅力を次のように寄せる。

*  *  *

 北海道浦河町に、ひがし町診療所という精神科診療所がある。当事者研究で知られる「べてるの家」とも関わる川村敏明精神科医が、浦河赤十字病院の精神科病棟閉鎖を機に開設した。本書はおそらく日本で最も革新的で野心的な、川村医師と診療所の歴史と現在を伝えるルポである。

 脱施設・地域移行が謳われながら、精神病患者の病床数がいまだ多い日本で、ひがし町診療所は精神科病棟をなくし、患者を地域へ戻しただけではない。川村医師や診療所の看護師、ソーシャルワーカーたちは、患者と病気の苦労・生活の苦労に悩み、米作りやアートなどを共に楽しむ。その奔放な活動は既成の医療で自明視される「治す」ことを静かに拒む。「治さない」ことは新たな精神医療の在り方を開示し、地域社会をも変えつつある。本書に静かで確固とした共生のビジョンを見た。

AERA 2020年7月6日号