今回わかったもののなかに「レタス」も含まれていたが、おやっと思う人がいるかもしれない。レタスは明治以降に日本に入ってきた野菜として知られ、洋風サラダとして食べることが多い。江戸時代の「レタス」の仲間は「チシャ」と呼ばれ、現在、私たちが食べている品種とは別のカキヂシャだと考えられる。

 ほかにも、見慣れない「フタバガキ科、生薬(龍脳)」も食べていたようだ。これは何だろう?

「フタバガキは、マレーシアなどの熱帯に生える木です。私も最初は、どうして歯石に含まれるのだろうと思って、江戸時代の文献を調べてみました。すると、フタバガキ科の植物からとれる『龍脳』という樹脂が、歯磨き粉の原料として使われていたことがわかったのです。江戸時代に歯磨きの習慣が庶民に広まっていたことは、当時描かれた浮世絵などからも知られていますが、今回分析した歯石のDNAからも裏づけられました」

 タバコ属のDNAも見つかり、すでに喫煙の習慣が広まっていたことも裏づけられた。このように、歯石の分析からは、当時、それぞれの人が食べていたものだけでなく、その時代の習慣や文化までも探ることができると澤藤さんは言う。

 今回、歯石に含まれるDNAからわかったのは植物ばかりだった。肉や魚など動物のDNAが含まれていないのは、歯石には同じ動物であるヒトのDNAがもっとも多く含まれているため、この研究で用いた方法ではヒトのDNAしか発見できなかったからだという。今後ほかの動物のDNAだけを標的とした方法で調べれば、どんな肉や魚が食べられていたかもわかるはずだという。

 澤藤さんは、今後の研究を次のように思い描いている。

「歯石からわかる食べ物の種類も大事ですが、住んでいる地域や身分で食べ物がどのように違っているかを明らかにする研究にも力を入れています。さらに鎌倉時代、平安時代、縄文時代などの人々の歯石も調べていきたいと思っています」

 たまると歯周病の原因になる厄介者の歯石から、これまで謎に包まれていた大昔の人の食や生活習慣の歴史が解明できるなんて、おもしろいね。さらなる分析で、どんな事実が明らかになるか、今から楽しみだ。(サイエンスライター・上浪春海)

※月刊ジュニアエラ 2020年7月号より

ジュニアエラ 2020年 07 月号 [雑誌]

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上浪春海
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