黒人であればたいていの人たちは、似たような経験を持っている。あからさまな差別でなくとも、自分が社会の隅にいることを思い出させるような経験は、店の商品を見ている時にも感じる、と話す。例えば絆創膏は最近やっと透明な物がでているが、長いあいだ薄い色、日本で言う昔ながらの「肌色」のものしか売っていなかった。

 フィットネストレーナーの彼女は市内で襲撃があった日、クライアントの予約のため外出する必要があった。事件に巻き込まれるのを恐れ、生まれて初めて、ナイフと催涙ガススプレーをかばんに忍ばせたが、結局、約束はキャンセルしたという。「万が一、機嫌の悪い警官に出会ったらと思うと怖くなった。多くの黒人の人たちは毎日こういう恐怖を感じて生きていることを改めて思い起こされた」と涙ぐみながら話す。

 しかし彼女は、そんな中にあっても、いま世界中で起きている抗議デモの未来に希望を託している。

「小声で訴えてもうまくいかない場合、時に声を大にして訴えなければならない。混乱を巻き起こしてでも実現させなければならないことがあるのです」

◎ケイン岩谷ゆかり/1974年、東京生まれ。ジャーナリスト。シカゴ在住。父の仕事の関係で3歳の時に渡米。以降、米国と日本での生活を繰り返し、ジョージタウン大学外交学部を卒業。アメリカのニュースマガジン「U.S. News and World Report」を経て、ロイターのワシントン支局、サンフランシスコ支局、シカゴ支局で勤務。通信、ゲーム業界などを担当した後、2006年にウォール・ストリート・ジャーナルへ転職。2008年にサンフランシスコに配属、アップル社担当として活躍。現在はノースウェスターン大学ジャーナリズム学部の講師を務めている。

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