《ビルの地下。
駐車場へ、らせん状の進入路。
二百五十ccの単車。下りてゆく。
エフ。フルフェイスのメット。単車のプレートは、偽造。
十五時十五分。
ゆっくりと、一周する。
駐車している車は、極端に少ない。
人の出入りも。
防犯カメラが、六基。
BMW M3セダンが下りてきた。
契約スペースに停め、標的が下りてくる。
上階への、エレベーターホール。
歩いてゆく動線は、三日間同じだ。
借りたばかりのオフィスに戻ってくる時刻もほぼ同じ。
動線の途中、どのカメラも捕捉できない。
死角エリアが約三メートル。
単車のサイドスタンドを立て、エフがひっそりといる。
単車は、仕事でなければ使わない。
死んだ兄。ツーリングが好きだった。
夜明けの港で、暴走族六人に殺された。
エフ。復讐の途中で、警察に止められた。
誰も、哀がなかった。
狂った。狂気は凶器を探した。
もう十年以上も前。
エレベーターホールへ、標的が歩く。
スマホ。
「だから、これが最後だって言ってるじゃない。嗅ぎつけた相手が悪すぎたけど。まァ、金次第だから、ヤクザも」
標的が、不意に立ちどまり、あたりを見まわし、呼吸を一つする。
警戒。元アメフトRBの太い腕が一度震えた。
「とにかく三億。迂回して融資してやってよ。そうすりゃ、社長も天下の損保会社さんも、醜聞とは今度こそおさらば、ずっと安泰でしょうが」
エフ。哀を通路の床に見立て、ソフトラバーの靴で蹴った。
標的が、そこに、いる。
「サイレントキラー VI」》
市川の朝食は、弥生の作るしじみ汁。今朝も丁寧に一個ずつ殻から身をはがして味わってゆく。
「あなたはさ、この前寝言で夜は酒が連れてくるとか言ってたけど、朝は?」
「ん?」
「朝はしじみが連れてくる。背中!」
あと一年で後期高齢者となる市川は、時として背中が丸くなる時がある。その度に、弥生に叱られる。
傍に、朝刊がある。
昨日、湾岸にあるビルの地下駐車場で、鹿内雪広の射殺死体が発見された。死亡推定時刻は、午後三時二十分から三十分。
昨日のその頃、市川は駅前のパソコンショップで、ヤマシタという店員と新規購入したいPCについて話していた。
数日経過して、市川は都営バスに乗り、下町の停留所で降りた。
近くにスカイツリーを仰ぐ路地に、民家を改造したリサイクルショップがある。
同じ敷地の裏手、十坪ほどのスペースが、回収した廃品を解体、補修する作業場。
市川がショップの中を抜けて入ってくる。工具を使って作業している男が、人懐こい顔で迎えた。
「暑いスね」
「ん。精がでるね」
男は、今西友也。三十四歳。
市川は、封筒に入れた二百万円を差し出し、線香代の袋も添えた。
「兄さんの十三回忌が近いんだろ」
「すみません。いただきます」
「ん。いつも苦労かける」
「いや。執筆の助けになるといいんですけど」
今西は、補修前の古い冷蔵庫にかけたチェーンを外し、中を開けた。
ジップロックに包まれた拳銃が三丁、分解した狙撃銃、実弾、ホルスターがある。
「市川さんの指示通り、ルガーでやりました。銃創の写真は、こっちです」
市川は頷いて、ルガーの銃口を見つめた。
一度もヒトを撃ったことのない作家は、狙撃者からその詳細を取材する。
《およそ50cmの距離。
目が合った。
嫌いな顔ではない。
左奥の下、第三大臼歯が痛む。
標的が、目を落とす。
ルガーマークIII。22LR弾。9発装填。
じゅうぶんに馴染ませた、銃把。
引金を、弾いた。
左心室、つづいて肺胞近くの大動脈へ一発ずつ。
「サイレントキラー VI」》
○丸山昇一
1948年生まれ宮城県出身。日大芸術学部映画科卒業後、会社員、フリーのCMライターを経て、1979年、テレビ「探偵物語」「処刑遊戯」(80年)、「すかんぴんウォーク」(84年)、「ふたりぼっち」(88年)、「いつかギラギラする日」(92年)「狂気の桜」(02年)など。阪本順治監督とタッグを組んだ作品に「傷だらけの天使」(97年)、「カメレオン」(08年)、「行きずりの街」(10年)があり、「一度も撃ってません」で4作目となる