(C)一度も撃ってませんフィルムパートナーズ2020
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 石橋蓮司の18年ぶりの主演映画「一度も撃ってません」。大楠道代、岸部一徳、桃井かおり、佐藤浩市・寛一郎親子、柄本明・佑親子、豊川悦司、江口洋介、妻夫木聡、井上真央、渋川清彦、小野武彦という豪華キャストが、「石橋さんのためなら」と集結した。

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 7月3日(金)公開の本作の監督は阪本順治、脚本はテレビドラマ「探偵物語」などの脚本で知られる丸山昇一。

 石橋さん演じる市川進(いちかわ・すすむ)は、巷で噂の伝説のヒットマン。……ではなく、理想のハードボイルド小説を極めようとする74歳の売れない小説家。小説の取材のために、密かに殺しの依頼を受けては本物のヒットマンに依頼し、その状況を書くということを繰り返していた。

 そのツケが回り、妻には浮気を疑われ、敵のヒットマンからは命を狙われる。そして「一度も撃ったことのない」ヒットマンの長い夜が始まる。

 この映画の「エピソードゼロ」となる小説「サイレントキラー」を丸山さんが書き下ろした。市川という男の、渋くも哀愁漂う魅力が伝わる短編だ。

 映画公開を記念して、全文を特別公開する。

 読んでから見るもよし、見てから読むのもよし。

*    *   *

読み切り小説「サイレントキラー」
丸山昇一

市川進…石橋蓮司
市川弥生…大楠道代
石田和行…岸部一徳
玉淀ひかる…桃井かおり
今西友也…妻夫木聡

 夜は、酒が連れてくる。
バーボン樽の甘い香りをそのままの酒が、市川進の舌をすべり落ちた。振り向くと、いつ店に入ってきたのか、ブランデーのレモン割りを片手に、玉淀ひかるが頬を寄せてくる。今度はジャスミンの匂いがした。市川が学習した嗅覚からすると、シャネルのココヌワール。流れる曲は、インストルメントだけの『スタンド・バイ・ミー』に変わり、ひかるが軽く踊りだす。
 七月十日、二十三時。新宿三丁目、酒場Y。
「サッカしてる?」
 踊りながらサッカーボールをシュートする動きで、ひかるが唇をつきだしてきた。キスのかわりに市川はバーボンのグラスをひかるのグラスに当て、見つめる。
「ずっとな。死ぬまで作家してるさ」
「VIはまだ書かないの?サイレントキラー」
「ネタの仕入れが今一つだ」
「鮨屋か」
 奥のトイレの脇に立ち、年増の女性客を口説いているのか説教してるのか定かではない石田和行が、グラスにスコッチを追加して、ひかるの背後に迫る。
「ひかる。後ろから正常位」
「不条理まで、あと十センチ」
「勃起しても届かない」
「の前に糖尿をなんとかしろ、ED野郎」
 ひかるに毒づかれるのを今や唯一の生きがいにしてるかのような石田を、市川は冷めた目で見ている。
「市川。今夜もふた昔前に流行ったシャツ着やがって、この馬鹿。改めて問う。生きるって、なんだ」
「石田のように人非人にならない」
「くそ野郎」
 寡黙にして決して気分を外に出すことのない市川が、午前零時を過ぎると突如吠えたて、よく笑い、よく飲み、ひかるも石田も泥酔を通り越して忘我の境地に迷い込み、気づけば、Yのあるビルの外。夜明けの、人の通りが途絶えた路上。
 ひかるは歩いて帰れるアパートに。市川と石田は、缶コーヒーを飲みつつ新宿駅へ向かう。
「市川」
「ん」
「ネタになりそうなのが、一件出た」
「ん」
「やるんなら、期限は一週間。報酬は四百万」
 石田が、煙草の貸し借りのように無雑作に渡したのは、USBメモリだ。
 自宅に帰りついた市川は、妻の弥生と朝食をとり、眠る前に書斎でパソコンを起動させた。メモリに、殺しの依頼。標的、鹿内雪広。の写真三葉と、調査メモが添付されている。

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その男、エフ。