稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
世界がどう変わっても夏は冷や奴。変わらないものもちゃんとある(写真:本人提供)
世界がどう変わっても夏は冷や奴。変わらないものもちゃんとある(写真:本人提供)

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

【写真】世界がどう変わっても夏は冷や奴?

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 大事な用で4カ月ぶりに新幹線に乗る。不思議な体験であった。数え切れないほど乗った路線なのに、そこは見たことのない世界だった。

 緊急事態宣言が解除されても駅もホームも車内もガラガラ。そのホームで、誰に言われずとも気づけば皆、数メートルの間隔を空けて並んでいる。屋外で、全員マスクでもだ。車内もガラガラすぎてソーシャルディスタンス取りまくりだが「マスク着用を」の放送が繰り返される。それほど皆が避け合わねばならぬのなら、当分は満席になどできないだろう。ならば鉄道事業そのものが成り立たない。この世でそんなことが起きるとは誰が想像しただろう。

 それだけじゃない。駅の大広告は各地の名所やイベント情報ばかりだが、そんなところに行けるのはいつの日か。屈託のないイメージ広告は「かつてそんな時代もあった」という博物館の遺物にしか見えない。車内の電光掲示板で流れる「世界の問題を解決する企業」の宣伝は斬新すぎる現代アートのよう。だって世界の問題どころか目の前のことを誰も解決できない現実を我々は生きているのである。

 なるほど世界は一変したのだ。

 私はうかつにも、コロナの影響を限定的に見積もっていた。自粛を強いられた人々の苦境を支えられれば時間をかけて世界は元どおりになると。世間ではオンライン化が進む好機と期待する人もいる。でもこれは、そんなことでは済まない。皆が長く当たり前に信じてきた価値観そのものがひっくり返ったのだ。

 より遠くへ、より速く、より多く。我らを駆り立てたその欲望のベクトルはことごとくリスクとなり、世界の人がその欲望から強制的に切り離された。その数カ月間に、少なからぬ人が夢から覚めてしまったように思う。あの欲望は一体何だったんだ? そのために人生を捧げるほどのことだったのか? となれば、ビジネスの前提が根こそぎ崩れたことになる。コロナは革命を引き起こした。ならばこれから全員が新しい地図を描き始めねばならぬ。

AERA 2020年6月22日号

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稲垣えみ子

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稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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