一般に鼻のなか、と言われて意識するのは、顔から盛り上がった部分の内側にある「鼻腔」だが、その周りには「副鼻腔」と呼ばれる左右4対(合計八つ)の空洞が広がっている。副鼻腔の範囲は広く、目の上から額、頬の周りまで。細い孔で鼻腔とつながっている。鼻腔も副鼻腔もいずれも線毛細胞に覆われているが、この線毛細胞から、常時多くのNOが産生されているのだという。

「NOは血管の内皮細胞からも分泌されていますが、副鼻腔は広いので、作られるNOの量も多い。鼻呼吸をすることで、副鼻腔で作られた大量のNOが、空気と一緒に肺へと送り込まれるのです」(竹野医師)

 NOは血管の中膜にある平滑筋という筋肉組織に働きかけて血管をやわらかく広げ、血流をスムーズにする働きがある。殺菌作用もあり、気道を清浄に保ち、病原菌などから体を守ってくれる。鼻腔を覆う線毛を動かして老廃物を排出する「掃除屋」の役割も果たす。さらに肺の血流を改善し、酸素と二酸化炭素のガス交換を促すなど、多くの健康効果が期待できる。

「鼻歌を歌うと副鼻腔からのNOの放出量が増えるというスウェーデンの研究もあります。安静時と鼻歌を歌った直後の呼気に含まれるNOを比較したところ、鼻歌直後の方が約15倍もNOが多く気道に送り込まれることがわかりました。鼻歌の響きで副鼻腔の骨が共鳴を起こし、広い副鼻腔の奥にたまっていたNOが出てきやすくなると考えられています」(同)

 口呼吸の弊害、鼻呼吸のメリットは多岐に及ぶ。しかし新型コロナの第2波、第3波が予想され、マスクを手放せない状況では、冒頭の女性のエピソードにもあったように、マスクで口呼吸になりがちだ。今井医師は、口呼吸をクセにしないためにも、漫然とマスクをし続けないことが重要だという。

「周囲に人がいない、あるいは2メートル以内に近づくことがないといった感染リスクが極めて少ない場面では外し、混雑している交通機関を利用するときや人と対面するときはつけるなど、状況に応じて判断することが大切です。また、マスクをすると熱がこもりがちになり、これからの季節は、熱中症の危険もあります。マスクによる健康被害もあることを理解し、自分自身の体調を把握しましょう」 (ライター・谷わこ)

AERA 2020年6月15日号より抜粋