煩雑なプロセスに課題を感じているのは国も同じだ。木村さんが亡くなった3日後、高市早苗総務相はインターネット空間での誹謗中傷において、発信者の特定を容易にするための制度改正を行うと表明した。

 だが、こうした動きに危機感を唱える声もある。

「誹謗中傷に注目が集まり開示請求がチラつけば、萎縮してしまい、真っ当な批判や意見表明を行えなくなる可能性があります」

 指摘するのは、誹謗中傷問題を扱う藤吉修崇(のぶたか)弁護士(45)だ。

 これまで、藤吉弁護士が相談を受けるなかで、「誹謗中傷」と判断したのは相談件数のうちの約半数。違法とまではいかない「批判どまり」だと判断するケースも多かった。

 事実、今回の事件を受けて、SNS上で発信者の開示請求に言及したなかには、情報商材などを販売するアカウントもあった。

「誹謗中傷は許されることではありませんが、自由な意見を言える環境はとても大切です。それを誹謗中傷という形で抑え込むのは非常に危険です」(藤吉弁護士)

 目の前の書き込みが批判か誹謗中傷か。明らかなヘイトや虚偽投稿は別として、判断は難しい。だからこそ法に基づいた判断が望まれるが、そのハードルは高い。藤吉弁護士は言う。

「開示請求が通ってIPアドレスがわかっても、アクセスプロバイダー側のログ情報の保有期限が切れていて泣き寝入りするケースもあります。情報保有期限を最低1年にするなど、プロバイダーの責任を厳しくすれば対応することができます」

 プロセスの簡素化と保有期限の延長という二つの仕組みが整うだけでも、誹謗中傷に苦しむ人にとっては救いとなる。だが、それだけでは難しいこともある。

 前出の津田さんは昨夏、「表現の不自由展」をめぐり、“大炎上”を体感した。5分おきに300件近いリプライが届き、コミュニケーションツールとして普段通り使えない状態になった。内容は正当な批判もあれば、罵倒や脅迫もあった。

「炎上すると、イナゴの大群のようにコメントが殺到します。個人の処理能力を超えてしまうため、プロセスや法制度が変わったとしても一つひとつに対応することは難しいのが現状です」

(編集部・福井しほ)

AERA 2020年6月15日号より抜粋

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福井しほ

福井しほ

大阪生まれ、大阪育ち。

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