「ザ・ストライカーズ」。北里大学の学生を中心に結成したロックバンドである。ライブハウス活動を中心に、大学6年生のときファーストアルバムを発表した。定期試験当日の朝までレコーディングをしたときもあった。売れると信じて疑わず、担当教授に、「自分は音楽で売れますから医局は途中でやめますが、いいですか?」と言い放っていた。ワンマンライブで500人を熱狂させたこともあり、可能性を追い求めていたのだろう。

 バンドスタッフの伊藤久恵(40)によれば、当時は今のように社交的ではなかったという。ライブハウスからMCをやってくれと言われても、打ち上げに出てほしいと頼まれても耳を貸さない。

「そんなことより、いい音楽さえやっていればいいじゃんという自負があったのかもしれません。我慢強く努力家で、頑固でしたね」

 そんな態度が祟ったのか、ある時期から集客力が落ちていく。マーケティングの本を読んで売れる方法を勉強したり、MCを解禁したりするも今更感が否めず反応は鈍い。打開の糸口を掴もうと、どの人に接近すると得策かなどと、常に売れることを念頭に計算しながら人と会うのは、緊張したし、面白いと感じることは一度もなかった。

「あの頃は人気が出て初めて人としての価値が認められるとか、他者評価の中で生きていた。その結果、自分が何者であるかを見失っていました」

 そんな自分に、図らずも気づかされた出来事があった。ウルフルズのトータス松本(53)と会ったときである。ファンだし、自分はこんな音楽をやっているのだということを伝えたいのに、何を言えばいいのかわからない。緊張しているのではなかった。アイデンティティをなくし、話すことがない自分がそこにいたのである。

(文/西所正道)
                                                               

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