楽器はビジネスとも結びついていた。当時から特許制度があり、製作家たちは新技術を競い、申請した。ベートーベンの書簡によると、多くの製作家が彼に無償で楽器を提供している。高名な作曲家に評価されれば宣伝になるからだ。多くの人が求めるようになったフォルテピアノは工場で大量生産されるようになり、モダンピアノへと変わっていった。

「私がフォルテピアノに惹かれるのは、自分ひとりの手で作り出せるからです。機械が作り出す完璧な直線より、熟練職人が手作業で作る直線のほうが、人の目には美しく“見える”ことがあります。それが手作りの良さであり、フォルテピアノとモダンピアノの音の違いにも表れています」

 太田垣さんが修復したフォルテピアノは今年、「せとうち国際古楽祭」をはじめ、国内で演奏される予定だったが、新型コロナウイルスの感染拡大で中止や延期に。感染が終息し、ベートーベンの愛した楽器が奏でる音に触れられる日を待ちたい。(ライター・矢内裕子)

AERA 2020年6月8日号