美術大学を卒業後、国内外の工房で経験を積んだ太田垣さん。修復だけでなく、新しいフォルテピアノも製作する、貴重な存在だ(撮影/写真部・今村拓馬)
美術大学を卒業後、国内外の工房で経験を積んだ太田垣さん。修復だけでなく、新しいフォルテピアノも製作する、貴重な存在だ(撮影/写真部・今村拓馬)
「イギリス式」アクションの仕組みが現代のピアノにつながった。白鍵は象牙、黒鍵は黒檀、ハンマー部分は鹿革が使われている(撮影/写真部・今村拓馬)
「イギリス式」アクションの仕組みが現代のピアノにつながった。白鍵は象牙、黒鍵は黒檀、ハンマー部分は鹿革が使われている(撮影/写真部・今村拓馬)

 ベートーベンはピアノの変容時代を駆け抜けた作曲家だ。当時の新楽器「フォルテピアノ」の製作者と互いに影響し合い、新たな表現を作り上げていった。AERA 2020年6月8日号掲載の記事で、フォルテピアノの魅力と歴史を振り返った。

【写真】鹿革が使われたフォルテピアノのハンマー部分

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 今年はベートーベン(1770~1827)の生誕250周年にあたる。ウィーン古典派を代表する作曲家ベートーベンだが、「ピアノ」の歴史とも深い関わりがあった。彼が活躍したのは、300年にわたるピアノの歴史の中で、最も熱くピアノが変容をとげた時代でもあった。ベートーベンがいたからこそ、ピアノという楽器が進化したと言えるかもしれない。

 楽器製作家のクリストフォリ(1655~1731)が世界で初めてピアノを作ったのは1700年ごろ。わずか4オクターブしかない、木製の筐体(きょうたい)だったという。試行錯誤を経て1800年代に、ウィーンと英国でフォルテピアノが花開いた。

 フォルテピアノとはどんな楽器なのか? 日本でフォルテピアノの製作と修復を手掛ける太田垣至さん(40)が、ベートーベンも愛用したブロードウッド社のフォルテピアノを修復していると聞き、工房を訪ねた。

 木目も美しいフォルテピアノは、モダンピアノより華奢(きゃしゃ)で繊細な印象だ。形状は同じだが、細部が違う。例えば、弦を打つハンマーヘッドは、木や羊皮紙、革など様々な素材が試された。

「モダンピアノはコンサートホールで何千人もの聴衆に音を届けられるよう作られていますが、一方のフォルテピアノは王侯貴族のサロンで演奏されたので、モダンピアノのように大きな音を出す必要はありませんでした」(太田垣さん)

 ベートーベンが活躍した時期にピアノの音域は急速に拡大。作曲家と楽器製作家との関係は今に残る曲からも見て取れる。

「彼の『ピアノ・ソナタ』32曲を、作曲時に使ったフォルテピアノと照らし合わせると、それぞれの楽器の音域を最大限に使ったことが分かります。作曲家が新しい表現を求めて音域や構造を要求し、製作家はそれに応えて楽器を作る。楽器がさらに作曲家にインスピレーションを与える。製作家にとって夢のある時代だったと思います」(同)

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