島薗教授は、多くの人がオンラインで医療従事者に拍手を送ったり、新型コロナの終息を願って街に音楽を響かせたりしていることを挙げ、「つらさを分かち合い、共感する気持ちを表現している」と分析する。

「身内、知人で集まることも、『寄り添う』ことも難しくなる今後は、死を悼む際も、オンラインで誰もが参加する、新たな祈りの形が出てくるのでは」

 広く社会で共有して故人を悼むことができれば、遺族にとっても慰めになる。

 5月半ば、福岡県内の緊急事態宣言が解除された。新型コロナウイルスで祖父を亡くした男性は1カ月遅れで祖父の葬儀を執り行った。感染リスクを下げるため、参列者は、親族とわずかな友人や関係者だけに留めた。

「祖父が友人たちからどれだけ慕われていたかもわかり、思いきり泣いて感謝を伝えることができました」

 男性の心に残る、祖父の言葉がある。「どんな時でも人に与え続けること」

「僕が今できることは何だろうと問いかけました。まだ現実を受け止めきれないけど、こんな時だからこそ、人の役に立つことを祖父は望んでいると思う」

 今もつらい気持ちはあるが、故人を悼み自分を見つめなおすことで、少し前を向けたという。

 島薗教授は言う。

「悲嘆は決して悪いことではありません。悲嘆を通じて、自分の大切にしている人や気持ちに気づくことができます」

 悲しみを抱え込まず、分かち合える場が求められている。(ライター・井上有紀子)

AERA 2020年6月8日号より抜粋