厚生労働省は4月の自殺者数が前年の同月よりも約20%減と発表した。一見朗報に思えるが、3.11後は景気悪化で自殺者が増加した。前出の藤田さんは、「みんな大変なんだから我慢しよう、という意識があることで、何とか持ちこたえているのでは」と分析し、こう話す。

「問題は経済活動が再開された後です。『あの人はうまく仕事ができているのに、自分はまだ仕事が見つからない』『あの人はこの経済危機で家族を失わなかったのに、自分は離婚してみじめな状況だ』など、他との比較が始まります。そこで決定的なストレスを受けることになります」

 だからこそ、国や行政は雇用の確保と社会保障の整備を最優先すべきだという。

「働いている人たちで言えば、働く場所が大きな居場所ですから、間違いなく失業がいちばんの自殺リスクになります」

 藤田さんが、政府や行政に出してほしいと考えるメッセージがある。失業して生活保護を受けたとしても、自分を卑下する必要はない、ということだ。

「『生活保護を受けて、いったん落ち着きましょう』と説得して、やっとそこまでこぎつけても、自殺してしまう人がいる。『すみません、耐えきれません、国のお世話になりたくありません』と一筆書いて首をつられる方もいます。人を頼る、社会に頼ることに慣れてないんです」

 勝医師は、「政策とは国民の健康や幸せを『最大化』すること、という行政の本来の目的を見失わないでほしい」と語る。感染症のリスクから国民の命を守ることと、経済活動とのバランスを取ることは難しい。しかし、感染症のリスクを完全になくすことが不可能である以上、日本の感染死者数が欧米より少ない現状では、死亡者数に見合った対策を、バランスをとって行うべきではないか。

「自粛要請などで人々に欧米並みの恐怖が植えつけられ、欧米並みの制限や政策でないと安心できない状態にあるようにも見えます。しかし、こうした政策の副作用である、人間への恐怖が人間関係を分断すること、経済の停滞で失業が増えうつ病や自殺が増える可能性があることに、行政の注意が十分払われているとは思えません」(勝医師)

 いま、追いつめられている人々がいる。その命と心を守ることは急務だ。(編集部・小長光哲郎)

AERA 2020年6月1日号より抜粋

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小長光哲郎

小長光哲郎

ライター/AERA編集部 1966年、福岡県北九州市生まれ。月刊誌などの編集者を経て、2019年よりAERA編集部

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