当初、官邸は黒川氏の「定年後の勤務延長」という核心を含んだ検察庁法改正案を、まるでカムフラージュするかのように、公務員そのものの定年を65歳に引き上げる国家公務員法改正案と束ねて国会に提出した。野党は公務員の定年引き上げには賛成とし、検察庁法改正案を、同法案と切り離して議論するべきだと主張したが、官邸は応じなかった。

 しかし、黒川氏の辞任によって、事実上、検察庁法改正案が廃案になる公算が現実味を帯びると、世耕氏は態度を一変。

「経済が苦しくなる中、公務員の給料が下がらないまま定年延長していいのか」

 と述べ、公務員の定年引き上げそのものに疑義を唱えたのだ。これには、野党ばかりか連立を組む公明党からも失望の声が漏れ聞こえる。

「何を今更と聞こえる。明らかな論点ずらしだ。この黒川辞任劇によって、政権に対する不信感が募っているのは与党内も同じです。もし、あのまま強行採決をしていれば、相当の数の造反者が出たと思います」(公明党幹部)

 ジャーナリストの津田大介氏は、普段は政治に関心がない層が、緊急事態下でステイホームを強いられ、これから日本はどうなっていくのか不安を抱いた結果、「#検察庁法改正案に抗議します」のうねりを増大させたと分析する。

「与党が野党の質問に全く答えていないという事実が、SNSやネットを通じて改めて可視化され、これまで政治に関心がなかった層の政権への不信を増大させたのです。しかも、国会前の実際のデモに参加するハードルに比べて、タグをリツイートするだけで意思表明できるツイッターデモは、芸能人など肩書がある人にとっても気軽で極めて有効でした」

 一度可視化された政治不信は、そう簡単には拭えない。「国民はいつか忘れるだろう」などという政権の思い込みは、今度は通用しない。(編集部・中原一歩)

AERA 2020年6月1日号