少年院の教育官との出会い、更生プログラムの一つである農場作業で出会った少女から寄せられる好意……。少年院に入ったことでアメッドは“他者との世界”を広げていく。教育官がアメッドに投げかける言葉の数々は、取材をもとに組み立てていった。「アメッドには自分の人生を取り戻してほしいと思っていた」と二人が語る物語のラストシーンは、撮り進めるなかで少しずつ見えてきたという。

 二人はアメッドを否定することも、無理に正そうとすることもしない。冷静かつ穏やかな視線で登場人物たちを見つめ続ける。あえて物語と距離を保っていたのか。そう尋ねると、ジャン=ピエールは「距離」という言葉が少し引っ掛かったようだ。

「アメッドが経験すること、辿る道、そのすべてに並走したいだけなんだ。どんなときも登場人物のことが大好きな“観察者”でいたい」

◎「その手に触れるまで」
イスラム指導者に感化された少年アメッドは、次第に「学校の先生は敵」と考えるようになる。近日公開

■もう1本おすすめDVD「午後8時の訪問者」

 生まれたばかりの子どもを売ることでお金を得ようとする若き父親、児童養護施設で親を待ち続ける少年……。ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督はこれまでも社会の片隅でもがきながら生きる若者の姿を描いてきた。

「午後8時の訪問者」(2016年)は、そんな彼らの40年を超えるキャリアのなかでもっともサスペンス要素が強い作品の一つだ。

 ある日の診療を終えた頃、突如ドアベルが鳴るが、若き医師ジェニー(アデル・エネル)は「診察時間は過ぎている」とドアを開けずにいた。翌日、一人の少女が遺体で発見される。監視カメラから、その少女はジェニーのもとを訪れていたことがわかった。もしあの時、受け入れていたら。後悔に突き動かされ、ジェニーは自ら調査に乗り出す。

 遺体で発見されたのは、アフリカ系の少女であり、娼婦として働いていた。彼女はなぜジェニーに助けを求めたのか。ジェニーが真実と対峙するたびに、私たちは複雑なヨーロッパ社会の現実を知ることになる。

 ジェニーはあれからどう生きているだろう。ダルデンヌ兄弟の作品にはそう考えずにはいられない強さがある。

◎「午後8時の訪問者」
発売元・販売元:KADOKAWA
価格3800円+税/DVD発売中

(フリーランス記者・古谷ゆう子)

AERA 2020年5月25日号