「白石さんの『凶悪』は、バイオレンスで恐ろしいシーンがいくつも出てくる一方で、市井の人々の現実的な闇も出てきます。私は何度も見返せないくらいつらいんですが、こういう暗闇を知っている人は、その人たちが本来求める光や温もりも見ているはずだと思うんです。白石さんは、あくまで“人間の有り様”を描く方だと思うので、信頼していました」

 白石の映画には、必ずと言っていいほど暴力シーンが出てくる。「ひとよ」もまた、どこか殺伐とした郊外に生きる現代の家族のなかに、見えにくい暴力が存在する。

 白石自身はノンフィクションを好み、作品は有名事件よりも市井の事件が多い。「凶悪」は獄中にいる死刑囚が、殺人事件の真相を雑誌編集部に手紙で告発するという実話をもとにした作品だが、これでもかというほど血が流れ、人間の命がおもちゃのように扱われる。「孤狼の血」は抗争中の暴力団と警察の血なまぐさい闘いを描いた。「ロストパラダイス・イン・トーキョー」や「麻雀放浪記2020」「凪待ち」など、映画の題材は多岐にわたり、タブーとされているテーマや、人間の本性をむき出しにしたような映画の方が多い。その中に暴力描写がある。

「映画ってものは理不尽なもの、不条理なものを描くためにあると、物心ついたときからずっと思ってきましたから。エンターテインメントとしての暴力をこれでもかってぐらい描くことは好きです。でも、暴力を肯定しているわけではないんです。暴力って理不尽なものについてまわるでしょう。それに蓋をしないだけ。映画の題材は何でもいいんです」

 1974年に札幌で生まれた。小学校低学年の一時期は名古屋に住んだが、父は一つの仕事が長続きせず、母はキッチンドランカーで酒浸りの生活をしていた。両親のケンカが絶えなかった。ある日、白石は告げられる。「今日から別々に暮らすから」。両親の離婚が決まったのだ。白石は母と弟と共に、母親の郷里の旭川市に移り住んだ。名字も母方の「白石」に変わった。

「当時の鬱々とした気分は今でも鮮やかに思い出すことができる。普通に生きていても、子どもにはあらがえない壁や不条理が、とつぜん立ち現れる。突き詰めると、それは精神的な暴力だと感じていました」
 離婚で父の存在が家庭になくなると、その変化に気持ちがついていかなかった。両親の離婚を、友だちに話すことができなかった。映画と出会ったのは、このころだ。

(文/藤井誠二)
                                                                 
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