納得がいくロケ地を粘り強く探し続ける。選ぶのは郊外が多く、その土地の空気感が映画に滲み出る(撮影/写真部・松永卓也)
納得がいくロケ地を粘り強く探し続ける。選ぶのは郊外が多く、その土地の空気感が映画に滲み出る(撮影/写真部・松永卓也)
「ひとよ」の舞台となったタクシー会社。実際のタクシー会社の建物をほぼそのまま使い、ブルーシートで周囲を覆い撮影した。公開後、プロデューサーとともにロケ場所を提供してくれた人々へ挨拶にまわる監督は意外に少ない(撮影/写真部・松永卓也)
「ひとよ」の舞台となったタクシー会社。実際のタクシー会社の建物をほぼそのまま使い、ブルーシートで周囲を覆い撮影した。公開後、プロデューサーとともにロケ場所を提供してくれた人々へ挨拶にまわる監督は意外に少ない(撮影/写真部・松永卓也)

2013年に「凶悪」で映画監督としての地位を確立すると、「孤狼の血」「凪待ち」「ひとよ」など、話題作を世に出してきた。白石和彌さんは、映画とは「理不尽なもの、不条理なものを描くためにある」と言う。だから、暴力的な表現も蓋をせず描く。師事した若松孝二の「反権力」の精神も引き継いだ。表現の自由が危ぶまれる日本に危機感を抱き、理不尽さに声をあげる。

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 薄日が差す昨年12月のある日、白石和彌(しらいし・かずや 45)は、茨城県のうら寂しい田舎町を早足で歩いていた。工場群がむこうに見え、煙突が吐き出す煙が空をどんより重くさせている。住宅地の中に、キャバクラや居酒屋が密集する一角がふいにあらわれる。ここは、その1カ月前に公開された白石の映画「ひとよ」の撮影地だ。白石はお世話になった人へ挨拶をしがてら、映画のロケ地を案内してくれた。

「ひとよ」は、佐藤健(たける)(31)、松岡茉優(まゆ)(25)、鈴木亮平(37)が演じる3兄妹の母親役の田中裕子(65)が、家族に暴力を振るう夫を、経営しているタクシー会社のタクシーで轢(ひ)き殺すところから始まる。一夜にして運命が変わってしまった母と子どもたちが、15年後に再会し、それぞれが抱える事情をぶつけあいながら、再生していく物語だ。

 白石は、作品の舞台となるタクシー会社、劇中で佐藤がエロ本を万引きするコンビニ、松岡が働くキャバクラ、鈴木が勤める電気屋と、次々と回っていく。映画の世界観に合うタクシー会社を見つけるのには半年かかり、クランクインをあきらめる寸前だったという。さらに、田中のスケジュールは1年待った。

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著名俳優が出演したがる