「生食パン」というジャンルも生まれた。もちろん、一度も焼いていない「生」のパンではなく、トースト要らず、つまり「生でも食べられる口溶けのいいパン」という意味だ。

「材料には生クリームなどが使われていることが多く、口溶けがよくてほのかな甘みがある。そのままちぎって食べてもおいしいのが特徴です」(片山さん)

 生食パンの登場は、それまでファミリーが中心だった食パン購買層の裾野を広げた。焼かなくてもおいしいため、キッチンには電子レンジしかなくトースターを持っていないシングル男性や、甘いパンを好むシニア層にもアピールしたといわれる。

 前出の乃が美も、『「生」食パン』発祥の店として13年に大阪で誕生した。口溶けのいい生食パンの王道を行く味わいはリピーターをがっちり引きつけ、今や全国に165店(開店予定を含む)を展開。片山さんは、「私の肌感覚による独自の分析ですが」と断った上で、食パンブームには「第2波」があったと指摘する。

「乃が美に代表される『漢字かな系』食パンが次々と登場したのもこの第2波だと思います」

 料亭のようなネーミングと、和テイストの店舗やパッケージ。そんな高級感と、そのまま食べられる手軽さ。手土産にピッタリの条件だ。乃が美の登場により、それまでスイーツが中心だった手土産マーケットに高級食パンが参入を果たしている。

 その後、16年に「い志かわ」(愛知県)、18年に「銀座に志かわ」(東京都)などが登場して、それぞれ支店を拡大。いまや、「漢字かな系」などの和系高級食パンは一大勢力となった。そして19年ごろからは、さらに進化した勢力が登場する。

 ベーカリープロデューサーの岸本拓也さんが手がけた、「ジャパンベーカリーマーケティング」系の高級食パンだ。こちらは「ヘンな名前系」とくくられることもある食パン店のグループで、現在全国で70店舗以上を展開。「考えた人すごいわ」(東京都ほか)、「まじヤバくない?」(群馬県)など変わった名前の高級食パン店で、多くが行列の店となっている。

 人気の秘密と言われているのが、ヘンな名前と本格的な高級生食パンとのギャップ。焼きたてを頬張ると、口のなかで綿あめのように溶けていく食感が、クセになる高級生食パンとしても知られる。

「食パン戦国時代に変わった店名を武器に挑み、ヒットを連発している岸本さんのような風雲児の登場も、食パンブームを加速させていると思います」(同)

(ライター・福光恵)

AERA 2020年5月18日号より抜粋