「私には胸を張って『ふるさと』と言えるような場所がありません。地方の典型的な郊外住宅に育ち、この30年ほどの間にがらりと風景は変わってしまいました。逆に、楢尾の風景に『ふるさと』を感じます。取材でお世話になりながら、たくさんの人生相談もし、自然との向き合い方から人としての生き方まで、ムツさんたちに教わってきました。その意味で、楢尾は育ててもらった場所としての『ふるさと』なのかもしれません」

 だからこそ、この映画を「できたら若い人にも見てほしい」と話す。

「人生に迷った時に、(ムツさんの)あの笑顔に会えたらきっと勇気をもらえると思うから。ムツさんや武さんたちに出会って、人生を大きく変えた体験者の一人として、そう思います」

◎「花のあとさき ムツばあさんの歩いた道」
東京・シネスイッチ銀座ほかで近日公開予定

■もう1本おすすめDVD「あなた、その川を渡らないで」

 百崎監督は映画の公開にあたって、

「小さな小さなウイルスが猛威を振るうこんな時だからこそ、いま一度自らの暮らし、生き方を振り返ってみる機会になったらいいのかな」

 と語ったが、ムツさんから流れ出る大きな愛は、ささくれだった人の心に効くにちがいない。そこでもう1本、こちらも老夫婦を主人公にした愛ある韓国のドキュメンタリー映画を紹介したい。結婚して70年以上経つ老夫婦の純愛物語「あなた、その川を渡らないで」(2014年)だ。

 主人公は自然豊かな小さな村で仲むつまじく暮らす、89歳のおばあさんと98歳のおじいさん。二人が掃き集めた枯れ葉を互いに掛け合いじゃれ合う冒頭から、ただならぬラブラブ感が漂う。寝る時はおじいさんがおばあさんの顔を優しく撫で、昼寝の時も二人はシワを刻んだ互いの手を取り合う。

 おじいさんは食事がまずければ残しおいしければ平らげ、最後には必ず「ありがとう」と言う。言動一つひとつが思いやりに満ちている。愛されたければまず自分から。互いを慈しみ合い続ける二人には、この時代を乗り切るための知恵と愛が溢(あふ)れている。

◎「あなた、その川を渡らないで」
発売元:アンプラグド
販売元:ポニーキャニオン
価格3800円+税/DVD発売中

(フリーランス記者・坂口さゆり)

AERA 2020年5月18日号