ただし、労災をめぐる問題はこれですべて解決するわけではなさそうだ。関東の大学医学部に所属する30代の大学院生が院内の状況を教えてくれた。

病院は常に30~50人の感染者を受け入れていますが、多くの大学院生が戦力として駆り出されています。私の仲間は実際に病院側から『感染しても労災にはならない』などと言われています。みんな問いただしていますが、正式な回答はもらえていません」

 職場から労災が出ることを防ぐため、医療機関側がこうした姿勢をとっているのかもしれない。実際に感染した冒頭の女性看護師は、当初、労基署から「感染ルートが分からなければ認められない」と言われたため、申請すらしていない状況だった。厚労省の新たな方針が示されたことで申請するつもりだが、「不安は消えない」と話す。

 女性は4月上旬に退院した後も、微熱や激しい頭痛などがあってまだ働きに出られない。持病もあるが、どこまでが新型コロナの影響なのか。補償の期間はどこまでになるのか。厚労省の方針がどのように運用されるのかが気がかりだという。

 日本労働弁護団常任幹事の嶋崎量弁護士は、別の問題点も指摘する。新たな文書では、支給の可否を決定する際、本省との協議を現場に求めている。

「本省で統一した方針が必要という要請はある程度理解できますが、それによって現場の意向が反映されなかったり審査が長引いたりすることは許されません。迅速な補償が求められます」(嶋崎弁護士)

 医療関係者だけでなく、緊急事態宣言発令下でも外出して働かざるを得ない人たちは他にもたくさんいる。労災認定するかの判断は、今後、各地の労基署が迫られることになるだろう。必要な人に適切な補償を速やかに行う運用こそが求められている。(編集部・小田健司)

AERA 2020年5月18日号