●スポーツの価値と自分自身の心を見つめる好機


田中ウルヴェ京さん(53)五輪メダリスト/メンタルトレーニング上級指導士

 延期が決まり、選手の中には10日ぐらい食事ものどを通らなかったという人もいました。特にショックが大きいのはベテラン選手や持病を抱えて今年まで、と考えていた選手、そしてプラン通りに結果を出してベストコンディションだった選手。そうした選手には、あなたはこれまでも山も谷も乗り越え、いろんな経験をしてきたのだから、この状況でもやるべきことを考えられるはずだと伝えます。

 人生では最悪な状況も起きる。それでも一日一日今日のベストを尽くすということだけは絶対に忘れないでほしい。練習するだけでなく「しっかり寝る」も「さんざんだらけてリラックスする」もいい。自分が納得できる一日一日を積み上げることを考えてもらえたらと思います。

 先行きが不透明なことや練習場所が使えないことなど自分ではどうしようもない状況に焦りや怒りを感じている選手もいますが、これまでやっていたように「自分でコントロールできることだけをコントロールすればいい」と気付いてもらいたい。

 筋肉とは違い、自分のメンタルは見えません。だから自分の感じていること、考えていることを書き出して自分の心を見える化するといい。書いた内容に変化を感じるのは、心が整えられているかの指標になります。書こうとしても書けない項目に気付くことも大切です。例えば感情を書く練習で「今日どんなことにイラついたか」という項目に何も書けない場合、イラつく感情に気づいちゃいけないと思っていることもある。心は気づけば対処ができ、試合直前の小さなイラつきを整えられます。

 世界的な危機の中で、私は五輪とは、スポーツとは、とよく考えるようになりました。来年の大会が社会にとってどんな価値を持つのか簡単には答えられませんが、もし自分が現役選手だったら、水に入れるだけで喜びを感じるだろうし、スポーツができる環境のありがたみを実感する。選手一人ひとりにとってのスポーツの価値が変わることだけは確実だと思います。

(編集部・深澤友紀)

AERA 2020年5月4日-11日号