彼は、依頼者を前に、びっくりするほど「なんもしない」で帰ってくる。厳密に言えば「クリームソーダを一緒に飲む」という行為をしているのかも知れないが、まあ、そうした細かいことは言及しない。とにかく「なんもしない」のだ。
そんな彼の活動の始終を見守るフォロワーは今、約26万2千人(4月20日現在)を数える。ツイッターの世界で彼の名を知らぬ人はいない。
緊急事態宣言が言い渡される直前の、ある朝。
東京・多摩地区にある国公立大学の正門前に、トレードマークの帽子にパーカー姿で彼は立っていた。彼を呼んだ今回の依頼者は、福岡県出身の予備校生の男性(19)。この日の約3カ月前、男性はDMで彼にこんな依頼文を送っていた。
「3月10日は空いていますか。用件は、大学の合格発表を一緒に見てほしいことです。その後、どこかでお茶でも少しできればと思っています」
翌日、彼から一言だけ、返信が届く。
「OKです」
合流したふたりは、簡単な挨拶を済ませ、そぼ降る雨のなか、キャンパスへ入って行った。合格発表の掲示開始まではまだ約30分ある。筆者は彼らから数十メートル離れた場所で様子を見守っていたが、ふたりは世間話をするわけでもなく、お互い、片手でスマホを取り出し、片手で傘を差しながら、画面にそれぞれ熱中していた。
午前10時、番号掲示がスタート。貼り出された紙に近づく受験生の後ろ姿を、彼はスマホで動画撮影し追いかけた。受験生は番号を確認するや、彼のほうに振り返り、そして笑顔を見せた。
「ありました。合格しました!」
スマホから顔を上げた彼は一言、声を発した。
「良かったですね」
(文/加賀直樹)
※記事の続きは「AERA 2020年5月4日-11日号」でご覧いただけます。