もう1枚は、大阪の老舗ライヴハウス「難波ベアーズ」に向けて制作された「難波BEARSオムニバス『日本解放』」だ。関西のアンダーグラウンド・ミュージック・シーンの重要拠点として知られる「難波ベアーズ」は、多くのアーティストがリスペクトする聖地のような場所。独自のユーモアと反骨精神を持った数多くの音楽家たちが、これまでなんば駅近くの雑居ビル地下にある小さなステージに立ってきた。

 そんな「難波ベアーズ」を「故郷」と位置付けるアーティストの一人、マヒトゥ・ザ・ピーポーが音頭をとって集まったのは16組。みな、呼びかけにわずか一晩で快諾して集まってくれたという。店長でもあるミュージシャンの山本精一による「想い出波止場2020 AGAIN with DJおじいさん」や、そのマヒトゥ・ザ・ピーポーによるGEZANのほか、渚にて、パラダイス・ガラージ、OOIOO、ゑでぃまあこん、YPY、青葉市子などなど、世代を超えた曲者たちがそろった。

 CD作品自体が発送されるのは6月以降になるそうだが、こちらも予約購入することで少しでも早くライヴハウスに収益を届けられることから、前売り購入を呼びかけている(https://jsgm-online.stores.jp/items/5e8aefa3e20b044c9b063a15)。なお、こちら「難波ベアーズ」のオムニバスの方は通常プランとドネーションプランの2種類で販売されている。

 ライヴハウス、クラブにまつわる様々なベネフィットの中にはもちろん、他にも様々な音源販売がある。クラウドファンディングの「リターン」としてのオムニバスCDもあるし、正規のプレスではないCD-R作品もあるようだ。すぐにでも支援をしたいという即時性が求められる中では、音源データのみを販売するだけでも十分意味のある行動だ。

 だが、「試聴室」と「難波ベアーズ」に向けて企画されたこの2作品からは、非常事態でも完成度の高いパッケージCD作品を作ることで、そのライヴハウスへの思いを伝えようとする企画者の真摯(しんし)な気持ちと、どんな時でも作品性を失うまい、とするある種のプライドが感じられる。それはライヴハウスとアーティスト、レーベルとの信頼関係によって成立するものであり、現場が稼働していない今こそ、消してはいけない音楽文化の灯への働きかけそのものではないだろうか。(文/岡村詩野)

AERAオンライン限定記事

著者プロフィールを見る
岡村詩野

岡村詩野

岡村詩野(おかむら・しの)/1967年、東京都生まれ。音楽評論家。音楽メディア『TURN』編集長/プロデューサー。「ミュージック・マガジン」「VOGUE NIPPON」など多数のメディアで執筆中。京都精華大学非常勤講師、ラジオ番組「Imaginary Line」(FM京都)パーソナリティー、音楽ライター講座(オトトイの学校)講師も務める

岡村詩野の記事一覧はこちら