「ディランは当初から文学との親和性が高く、楽曲にあまたの西洋文学に対する言及があることはよく知られています」
それはわかる。例えば、歌詞には多くの作家も登場する。エズラ・パウンド、T.S.エリオット、ジェイムズ・ジョイス……。「Bob Dylan’s 115th Dream」という歌では、ハーマン・メルヴィルの『白鯨』の影響も強くにじみ、どこか高尚なイメージも醸し出す。とはいえ、音楽は音楽。文学とは別物と思っていたが。
「ディランが文学に寄ってきたのではなく、文学の方がボブ・ディランを招き入れたと言えるでしょう」
馬場准教授によれば、文学とは“領域”の問題なのだという。こう続ける。
「文学というのは学問の制度であり、芸術の領域です。『こういうものが文学なんです』っていう暗黙の了解があって、それが近代以降、アカデミズムと結びついて『これは文学』『これは文学ではない』という領域が確立していったのです」
何がその「領域」をつくるのか。身もふたもないが、簡単に言えば「権威ある文学史本」だという。
アメリカ文学の世界では、1988年に出版された米国のコロンビア大学版の文学史本が「正統」(馬場准教授)とされてきた。
そして、状況に変化が出てきたのは受賞7年前の09年。その年に出版されたハーバード大学版の「新アメリカ文学史」に研究者の注目が集まった。
「この本は、ディランがノーベル文学賞を取るためにあったのか、というくらいに大胆な文学史解釈の変更がみられました」(馬場准教授)
この本では、アメリカ建国以降、文学的に重要な出来事があった年を並べている。従来の文学史本になかった事例も並ぶ。
1928年 口笛を吹くネズミ(ミッキーマウス)
1938年 スーパーマン
注目するべきは1962年。馬場教授が示したところに、なんと、こう書いてあった。
Bob Dylan writes “Song to Woody”
「Song to Woody」(邦題・ウディに捧げる歌)は、ファーストアルバム「Bob Dylan」(62年)に収録された曲だ。このアルバムには、有名なトラディショナルソング「House of the Risin’ Sun」など多くのカバー曲が収録され、自作の作品は2曲だけ。そのうちの一曲だ。
歌詞の一部を紹介する。
ヘイ、ヘイ、ウディ・ガスリー
あなたに歌を書いたよ
これからやってくるおかしな世界の歌をね
(編集部・小田健司)
※AERA 2020年4月6日号より抜粋