「そこには、『私は思考を盗む。誓って言うが、魂を盗むわけじゃない』ということを書いています。歌手であるディランにとって、思考とはつまり自分が世界に対峙する在り方としての歌、その形式のことで、それをいろんな人から盗むと宣言しているところが、文化研究者としては非常に興味深いと感じています」

 音楽的にはその後、さまざまに変遷するが、01年に発売されたアルバム「Love and Theft」では、また「剽窃(ひょうせつ)」がテーマになる。

「愛ゆえに盗んじゃう、っていう意味ですよね。曲の作り方において、ディランはごく当たり前のように伝統からたくさん剽窃していますが、盗まれた詩やメロディーの数々が新しい文脈に置かれると、まったく新しい力を持って、新しい読まれ方、聴かれ方をするのです」(齊藤准教授)

 例えば、その「Love and Theft」に収録されている「High Water(For Charley Patton)」。1927年のミシシッピ川の大洪水をテーマに、深南部のブルースマン、チャーリー・パットンが29年に歌った内容を、現代によみがえらせた曲だ。

 ちなみに、このアルバムが発売されたのが同時多発テロが起きた01年9月11日。発売の4年後の05年夏には、大型ハリケーン、カトリーナが米国南東部を襲い、ニューオーリンズなどミシシッピ川流域の都市に甚大な被害をもたらす。

「預言者か」と言われたディランがその翌年、アルバム「Modern Times」(06年)で収録したのは、女性ブルース歌手、メンフィス・ミニーの曲を下敷きにした「The Levee’s Gonna Break」。立て続けに「水」を扱い、「堤防が壊れちゃう」と繰り返し現代社会に向けて歌いかける。

「今のディランを聴いても、『渋いな』と思いながらあまり楽しめない人もいるかもしれません。でも、ちょっとこうして深掘りしていくと、いろんなことがわかってきます。直接の因果関係がなくても、ディランが歌うことで、アメリカという国の音楽のみならず、歴史の連続性まで理解するみたいな、そんな楽しみ方もできるのです」(齊藤准教授)

 まだどれほどの道も歩んでいなかった筆者のディラン道。はるか遠い道のり。答えは探さず、黙って歩いて行きたい。(編集部・小田健司)

AERA 2020年4月6日号より抜粋