そんな佐藤が新たに立ち上げた「フォノン」とは、そもそもどのようなレーベルなのか。アーティスト自らレーベルを持つこと自体は決して珍しくないし、実際、佐藤にとってもフォノンは、80年代に既に立ち上げていた「スケーティング・ペアーズ」の姉妹レーベルにあたる。今回、佐藤への取材が実現したので、本人にまず解説してもらった。

「音楽をいろいろな形態で展開することは、常にいくつか構想しています。CDなのか定額配信サービスなのか、といったメディアの選択に腐心しがちですが、実際にレーベルの運営を始めると、実務的な問題が最も重要になってきます。慎重にならざるを得ませんが、問題が払拭できると感じられればいつでもスタートできる。そうして実現させたレーベルが、フォノンです。CDのプレス代などの物理的な部分が底値で長く安定していたことも大きなスタート要因でした」
 
 穏やかな語り口ながら知的に言葉を選んで語る様子は、まさにプロデューサー。佐藤は90年代~2000年代は音楽にまつわる創作活動に距離を置いていたが、まさにその時代に音楽ツールとして定着したCDというフォーマットでリリースするレーベルであることも興味深い。定額配信サービスなどを利用して手軽にザッピングできる時代に、フォノンはあえてCDにこだわっている。
 
「CDをメインのメディアとすると決めた時点で、『親和性とわかりやすさ』という方向性は決まっていたと思う。制作についても、たとえば自分には自室でたまっていく習作の中に、アルバム化できるような一塊の作品がいくつもある。多くの作家にも同様の作品があるだろうし、ライブを録りだめしているケースも少なくないだろうから、心配せずにゆっくりと滑り出した感じ。実際に最初にリリースした2作品は、どちらもレーベル発足をまったく意識せずに制作されていた作品です。つまり、レコード会社の一般的な『制作費』という概念をカットオフすることで、継続性を担保できる。同時に、アーティスト自身の活動次第で、更なる創作への扶助的なサイクルが自然にいくつも生まれるでしょう」
 

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作品やアーティストの顔ぶれはどう決まるのか