厨房を率いる小林圭さん(中央)。料理の仕上げの工程では料理人がせわしなく行き交い、緊迫感が増す(撮影/松永学)
厨房を率いる小林圭さん(中央)。料理の仕上げの工程では料理人がせわしなく行き交い、緊迫感が増す(撮影/松永学)

 日本人初の快挙にも、「一流にほど遠い」と至ってクールだった。フランス版ミシュランガイドで最高位の三つ星を獲得した、パリ在住のシェフ・小林圭さんが語る、自分への「問い」とは。AERA2020年3月23日号では、三ツ星獲得までの試行錯誤や臨場感あふれる厨房の様子など、パリ在住の記者がレストラン「KEI」を現地取材した。

【三つ星を獲得したレストラン「KEI」。その独創的なメニューはこちら】

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 2月末、パリの週末の昼下がり。ルーブル美術館からほど近いレストラン「KEI」は、誕生日を祝うフランス人の初老のカップルや、ランチを楽しむ女性たちでにぎわっていた。きっとミシュランガイドで三つ星を取った自信もあったのだろう、スタッフのサービスや表情にも心の余裕や華やかさがあった。

 12卓が並ぶ店内は白が基調の装飾で、真ん中にシャンデリアと生け花が盛られていた。

「お客さんの表情や声こそが彩りになる。食事は五感で味わうもの。味覚に集中できるよう、絵画や音楽は避け、店内の飾り付けはシンプルにしているんです」

 オーナーシェフ、小林圭さん(42)は、そう話す。

 ミシュランガイドで高い評価を受けた代表的メニュー「庭園風サラダ」は、ゼラニウムなどの食用花や30種類の季節の野菜を、ふんわりしたドーム状のムースで包んだ独創的な一品だ。給仕係は「シェフの署名が刻まれたような一品です。よくかき混ぜてお召し上がりください」とにこやかに告げた。

 ムースにはレモンの風味や野菜のうまみをいかした繊細なソースが加えられ、中の根菜には生命そのものをかじっているような新鮮な歯ごたえがあった。

 スコットランド産のエビ「ラングスティーヌ」の燻製、スズキの鱗焼き、小バトのロースト。続く料理にはどれも、磯の香り、海や森の豊かさが舌を通して視覚化されるような、素材の味わいが存分に刻まれていた。

「素材の味を壊さないようにしているんです。そうでないと食材に申し訳ないですから」

 食後のインタビューで小林さんはそう語った。

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