人間、長年続けている習慣をすぐに変えるのは難しいものです。いきなり話が飛びますが、皆さんは濡れた髪の毛をすぐにドライヤーで乾かすにはどうしたらいいか、ご存じですか。私は知っています。10年以上前、テレビ番組「伊東家の食卓」で見て知りました。でもその方法を実践したのは番組放送後の1回だけで、すぐになじみの乾かし方に戻ってしまいました。あの番組には、他にも「玉ねぎを切るときに涙が出ない方法」や「ゆで卵の殻を1秒以内にむく方法」など、さまざまな裏技を教わりましたが、結局自分の生活には何一つとして定着しませんでした。こうしたら早いだろうな、効果的なんだろうなと頭ではわかっていても、体に慣れ親しんだ方法を変える面倒くささのほうが勝ってしまったからです。

 習慣とはそういうもので、特に咳・くしゃみという生理現象ともなると、頭で「腕やひじでカバーしたほうが効果的!」と思っていても、体の動きをとっさに変えるのは難しいものです。だからアメリカでは、幼い頃から徹底的にこの「咳・くしゃみエチケット」を教えるのではないかと思います。子どもたちの柔らかい頭と体は、新しい方法を教えたらそれをすとんと定着させることができます。そもそも手のひらでおおうことが生理現象に抗うエチケットですから、「手のひらで」より先に「腕で」を定着させれば、それが習慣として次世代に受け継がれていくのでしょう。

 ですから本記事を読んで驚いたというかたは、ぜひ自分のお子さんや甥っ子・姪っ子さんなど、幼い子どもたちにこそ、この「咳・くしゃみエチケット」を教えていただきたいと思います。子どもたちはきっとすぐに「腕でカバー」の新習慣を身に着けるでしょう。そして、頭と体の固い大人たちが思わず手のひらで口をおおってしまったとき、「ちがうよ、せきとくしゃみは手のひらじゃなくて腕で押さえるんだよ」と教えてくれることでしょう。我が家のませた娘が、毎回私にそうするように。

 念のためですが、この「咳エチケット」については日本の厚生労働省も啓蒙活動を行っており、2017年には『進撃の巨人』とコラボしたかっこいいポスターも作られていました。小児科や保育園・幼稚園でも、すでに徹底指導がされているのかもしれません。「咳エチケットなんて、いまさら言われなくてもみんな知ってるわい!」ということでしたら、ごめんなさい。でも大切なことは何度も繰り返し情報伝達するのがいいだろうと思い、あえて記事にしてみました。みんなで感染を食い止めていきましょう。

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◯大井美紗子
おおい・みさこ/アメリカ在住ライター。1986年長野県生まれ。海外書き人クラブ会員。大阪大学文学部卒業後、出版社で育児書の編集者を務める。渡米を機に独立し、日経DUALやサライ.jp、ジュニアエラなどでアメリカの生活文化に関する記事を執筆している。2016年に第1子を日本で、19年に第2子をアメリカで出産。ツイッター:@misakohi

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大井美紗子

大井美紗子

大井美紗子(おおい・みさこ)/ライター・翻訳業。1986年長野県生まれ。大阪大学文学部英米文学・英語学専攻卒業後、書籍編集者を経てフリーに。アメリカで約5年暮らし、最近、日本に帰国。娘、息子、夫と東京在住。ツイッター:@misakohi

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