写真はイメージ(写真/gettyimages)
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 70代まで働くのが当たり前の時代がやってきた。道のりの長さには呆然とするが、働き方の自由度が高まっているのも事実。息切れしないよう、ときにペースを緩めることだってできるのだ。AERA2020年2月17日号では「働き方」を特集。2人の事例をもとに定年70歳時代の働き方を考える。

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 授業中、黒板にチョークで文字を書いていると、肩に激痛が走った。それでも、痛みに耐えながら生徒に気づかれないよう、だましだまし授業を続けた。

「痛みを理由に休むわけにはいかない」

 英語の教師だった関西地方の50代の女性は大学卒業後、複数の公立、私立の中学・高校でがむしゃらに働いてきた。だが40歳を過ぎ、過労で体調に不安を覚えるようになった。

「優秀な生徒を育てたい」と意気込んで転身した私立の中高一貫校では、1学年4クラスに配置された英語教師は女性のみ。4クラスすべての宿題やノートのチェック、小テストの採点も1人でこなさなければならなかった。このため、毎日午前8時から午後8時まで勤務しても対応しきれず、土曜もフル出勤して何とかこなした。

 ちょうどこの頃、手足などの関節が不意にしめつけられるような痛みに見舞われる。仕事量が増えると激痛の頻度が増し、寝返りを打つこともできず眠れない夜が続いた。たまらず整形外科を受診したが、なかなか原因が特定できなかった。5カ所目の病院でようやく「関節リウマチ」と診断された。

 人を育て、教える仕事に熱意を持って打ち込んできた。だが、自分の働き方をあらためて振り返り、「ストレスが原因」と判断し、退職を決意した。

 実家で投薬治療を続け、症状が落ち着くようになった頃、かつての同僚から検査業務の会社を紹介され、7年前に転職した。

 50歳を過ぎて未経験の異業種に転職するのは不安もあった。だが、飛び込んでみると、意外に肌に合った。

 数人の社員が働く小さな会社。主な業務は英語でのパソコン入力とメールのやりとり。午前9時~午後5時の定時勤務で残業も出張もないため手当の上乗せはないが、自分のペースを維持し、平穏な心持ちで働ける職場を心地よいと感じている。

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渡辺豪

渡辺豪

ニュース週刊誌『AERA』記者。毎日新聞、沖縄タイムス記者を経てフリー。著書に『「アメとムチ」の構図~普天間移設の内幕~』(第14回平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞)、『波よ鎮まれ~尖閣への視座~』(第13回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞)など。毎日新聞で「沖縄論壇時評」を連載中(2017年~)。沖縄論考サイトOKIRON/オキロンのコア・エディター。沖縄以外のことも幅広く取材・執筆します。

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