一方で、がん罹患をきっかけに溝が深まる夫婦もいる。神奈川県在住の会社員男性(56)は、4年前、同い年で専業主婦の妻にステージ4の肺がんが見つかった。当時、男性は単身で海外に駐在中で、告知を受けた妻からの報告は、LINEでだった。

 男性はすぐには帰国できず、妻がセカンドオピニオンを受ける病院を探した。親戚のツテを頼り、なんとか東京の病院に予約を入れることができた。だが、帰国して妻と受診すると、妻はどこかよそよそしい。言葉の端々から「あなたはこういう時にも、何の役にも立たない」と思われているのだと感じた。

 結局、妻はセカンドオピニオンを受けた病院で抗がん剤治療をすることになり、男性は昨夏、海外赴任を終えて帰国した。娘の独立と重なり、夫婦2人の生活が始まったが、関係はギクシャクしたままだ。同僚主催の帰国歓迎会が続くと妻は「ふざけるな」。男性が「好きで飲んでるわけじゃない」と反論しようものなら、さらに激しい言葉が返ってくる。ささいなことで喧嘩は炎上し、妻は「離婚したっていいのよ」と吹っかけてくる。

「長期の海外駐在で自分たち夫婦は前から心が離れていたのか、それとも病気のせいなのか。もはやお互いの距離感をどう取っていいのかわからない……」

 心が弱ってくると、妻が言う「離婚」の2文字が頭をかすめる。けれど、ふとこう思うのだ。「たとえ離婚しても、気持ちは晴れない。ましてや、近い将来、妻を失ったとしたら、残るのは後悔ばかりだろう」

 がんにかかり不安な当事者と、それを支える家族の関係は難しい。専門家のアドバイスによれば、「押し付けず寄り添う」ことが大事だ。

 自身もがんサバイバーで前出の5years代表の大久保淳一さんによれば、がんに向き合う夫婦のあり方はさまざま。一般的に妻ががんになった男性は、看病や育児に時間を取られ昇進に響くことを恐れたり、周囲から哀れみの目で見られるのではと心配したりして、「よほど理解のある職場でない限り、妻のがんを隠しがち」という。

「がんと診断されても6割は5年後も生きている。でも日本社会ではいまだにがん=絶望と捉えられがち。職場も親の介護や育児のサポートはしても、パートナーの闘病までは想定していないケースがほとんど。そうした意識を変えたい」(大久保さん)

 2人に1人ががんになる時代。現役世代が、働きながら向き合うことを想定した社会のアップデートが必要だ。(編集部・石臥薫子、ノンフィクションライター・古川雅子)

AERA 2020年2月10日号より抜粋