ところが、病院ではスタッフが不足していて、夜間に歩き回る患者に付き添えない。転倒でもすれば骨折のリスクがあるため、おとなしくさせるために女性にBZ系薬剤が処方された。直後から元気がなくなり、車いすに座らせても体が傾き、会話も通じない。見舞いに来た家族がショックを受けるほどだった。

「まるで廃人にさせられているようだった」(男性職員)

 この病院には、BZ系薬剤の副作用で、昼間でも鎮静化させられている患者が3割近くいるという。「管理のために薬剤で事実上の身体拘束をしている」と男性職員は話す。

 薬剤によって患者を鎮静化させるのは、この病院に限ったことではない。関東の特別養護老人ホームの看護師からは、衝撃的な言葉を聞いた。

「患者を落とす」

 夜中に歩き回ったり、点滴を抜いたりしてしまう患者に対して、介護スタッフや看護師の要望で医師にBZ系薬剤を処方してもらうことを、こう表現しているのだという。意識レベルを落とすことからきた隠語らしい。

 スタッフ不足にあえぐ日本の療養型病院でのBZ系薬剤の使用は、まさにパンドラの箱だ。歩き回る患者を放っておけば転倒のリスクがあるし、それが問題だとなれば、自宅に引き取ってもらうことになりかねない。超高齢化社会に対応できない医療の姿が浮き彫りになる。(医薬経済社・坂口直、ノンフィクション作家・辰濃哲郎)

AERA 2020年2月3日号より抜粋

※後編「高齢者の睡眠薬・抗不安薬の危険なぜ放置? 副作用が明記されない背景」へ続く