このケース以外にも、認知機能が低下して万引きを繰り返す女性が、BZ系薬剤を中止したらMMSEが24点から30点に回復し、盗癖がピタリとやんだケースなど、薬を減らしたら認知機能が回復した症例を数多く経験している。患者のかかりつけ医とのやり取りで感じるのは、BZ系の危険性を知らない医師が多すぎるということだ。

「知識のアップデートをせず、いわば不勉強。自分の薬が原因ではないか、という意識を持つべきだ」と小田医師は話す。

 人生の締めくくりを迎える晩年に、夢を追いかけている人もいれば、家族や友人との語らいや、旅を望む人もいるだろう。そうした時期に薬剤によって不本意に自分を失い、「廃人」にさせられることは、尊厳を奪われたも同然だ。

 親や自分の身は自分たちで守るしかない。もしBZ系薬剤を処方されたら、依存性があるので短期に限定し、記憶や歩行に異常を感じたら医師に相談したほうがいい。

 そもそもBZ系薬剤とはどのようなものなのか。

 1960年代に開発され、安全という触れ込みで世界に広まった。日本の睡眠薬・抗不安薬のほとんどはBZ系で、後発品も含めて150種類ほどある。

 80~90年代初めにかけて欧米では、その副作用が指摘されていた。代謝が悪く排泄(はいせつ)能力も低下している高齢者には効き過ぎて、過鎮静の症状や認知機能、運動機能の低下などを招くリスクがある。82年にカナダの保健福祉省が「高齢者は注意深いモニタリングがとくに重要だ」などと警鐘を鳴らした。米国で老年医療のバイブルとも言われているビアーズ基準でも、91年に注意が喚起され、最近の改訂版では「使用を避けるように」と記されている。

 この問題を掘り下げていくと、さらに医療のひずみが生んだ闇を知ることになる。

 関東地方の療養型病院の男性職員は、病院でのBZ系薬剤の使われ方に疑問を感じていた。

 腰椎(ようつい)を骨折した80代の女性は、熱心にリハビリに取り組んだおかげで歩けるようになった。軽い認知症だが、意思疎通もでき、男性職員の姪にマフラーを編んでくれるほど元気だった。

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