こうして連打される楽曲のほとんどが、世界各地でヒットしてきた曲だ。そして考えてみれば、フレディという史上最良ともいえる声を持ち、史上最高ともいえるパフォーマンスをしたロックのフロントマンを失ったクイーンが、これらの曲をクイーンとして演奏し、客席があまり違和感なく聴いていることの不思議さに思い至った。むろん、サウンド構造の骨格は、ブライアンのギターやロジャーのドラムスなどが支えてきたのだが、フレディが歌わなければクイーンの歌にならない。そんな強烈な個性だったはずだ。

 その不思議を実現させたのがアダムである。

 アダムはソロとしても成功したアーティストであり、飛び抜けて歌のうまいシンガーだ。オーディション番組「アメリカン・アイドル」のころから、「ボヘミアン・ラプソディ」やマイケル・ジャクソンの曲を歌ってきた。しかも、得意の超高音を生かした自分流のソウルフルな歌い回しを交えて。キッスの曲でも、それ以上に難しいクイーンの曲でもそれが発揮される。

 フレディもアダムもロックから、ソウル、ミュージカルまで歌いこなす万能型ボーカリストの系譜に属する。そして個性の違いといえばそれまでだが、あえていえば、フレディの声の強靱さの根底には、はかなさ、脆さ、切なさ、何よりも哀しみがあって、それが対照的な力強いボーカルを悲劇的で雄々しいものに高めるのに対し、アダムの声はかなり幅広い音域を自由にパワフルに行き来し、繊細さも持ちながら、コケティッシュなハッピーオーラ全開である。

 例えば、今回グラミー賞4冠の18歳の異才ビリー・アイリッシュの魂のため息のような哀切さは、フレディに通じるが、アダムには通じない。しかし、アダムは得意の超高音フェイクを交えながらも、物まねではなく、フレディの歌い方や歌心に沿い、クイーンの曲をその特筆すべき力量で「クイーン」たらしめているのである。「これもまたクイーンとして聞いてもいい」というのが1970年代からのファンの多くが感じたことではなかったか。

 感動が深く染みいってきた忘れがたい場面があった。ブライアンがアコースティックギター1本で、1人で登場するシーンだ。「コンバンワ、オゲンキデスカ」と日本語交じりのMCで沸かせ、「手をとりあって」を会場と共に歌い、大阪公演では「フレディのために1曲」と英語で語って「ラヴ・オブ・マイ・ライフ」。ギターの1フレーズごとにどよめきが起こり、これも会場と歌い交わす。最後、「ちょっとマジックを」と言って、哀愁を帯びた優雅な旋律を徐々に盛り上げていくと、ヴィジョンにフレディの姿が。この曲を歌うフレディの映像が出てくるのだ。胸内からせり上がってくるものがあった。涙を拭う姿があちらこちらに広がった。86年の「ウェンブリー・スタジアム」の映像だろう。コクと艶のある何ものにも代えがたい神秘の美声だ。客席も歌う。あの、世界に愛の感動の波を繰り返させた、暗闇にスポットライトを浴びた2人が奏でるセッションが蘇る。歌い終えてお辞儀をする映像のフレディにブライアンもこたえ、客席の拍手は鳴りやまない。

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選曲に横切る生と死の影