ほかにも高校生まであったという夜尿症や持病の「耳鳴り」など、「わざわざ人にいうほどではないけれど、自分にとっては重要でモヤモヤしていること」について、あくまで淡々と筆を進める。あとがきで書かれた結婚までの経緯にも驚かされた。

「書いているのは、社会の片隅でのささやかな経験や考えです。でも自分の日常に起こる『小文字の困りごと』の先には、新聞の見出しになるような『大文字の困りごと』があるはずです。なにか問題が起こっても困りごとの相談先や助けてくれる法制度は必ずあります。一人で絶望しなくてもよいのだと伝えたかった」

 社会は無数の私とあなたでできている。自分がいろいろな問題の傍観者ではなく、「ほんのちょっと当事者」だと考えるとき、私たちが取り戻すのは、あなたと私が笑って話すための場所に違いない。(ライター・矢内裕子)

■Pebbles Booksの久禮亮太さんのオススメの一冊

『三木成夫 いのちの波』は、解剖学者が「身体と環境の繋がり」を教える一冊だ。Pebbles Booksの久禮亮太さんは、同著の魅力を次のように寄せる。

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 寺田寅彦、岡潔、湯川秀樹、折口信夫、稲垣足穂に今和次郎。「STANDARD BOOKS」は、文系、理系の枠に収まらない研究者、思想家たちの遺(のこ)した随筆を掘り起こし、1冊につき1人、その人物像を描き出すシリーズ。そこに三木成夫が入った。

 三木は解剖学者として胎児にメスを入れ、人間の発生起源の神秘に触れてきた。受精しヒトの形を獲得する過程で、私たちは母の胎内で魚類から両生類、爬虫類(はちゅうるい)から哺乳類へと何億年もの動物進化の形態変化を経るという。また、人間は口から肛門(こうもん)へ抜ける一本の管であり、その点で植物と同種の本質を持つとも。<こころとは内臓が生み出す宇宙のリズムだ>という彼の言葉には、透徹した科学の目と独特の詩情が混ざり合っている。彼は私たちに、脳の思い込みを超えて身体と環境の繋がりに気づく緒(いとぐち)を与えてくれる。

AERA 2020年1月27日号