「仮に電話に出たとしても、予約が取れない現状を伝えると一方的にキレて怒鳴られたり、本当は予約できるんだろうと直接、今から店に行くと凄(すご)む人もいます。わずか数席しかないのに、20人で予約させろと無茶を言い出す人もいる。お金を出しさえすれば、何でもまかり通る時代だと勘違いしているのです」

 かつて、こうした高級鮨店には目には見えないが確かな秩序があった。そもそも、こうした店が集中する「中央区」「港区」の繁華街の高級店の暖簾(のれん)をくぐるのは、立ち居振る舞いを熟知したごく一部の人であり、最初は常連の紹介が当たり前。店の主人と客との間には、いわば「阿吽(あうん)の呼吸」が成立していたのだ。しかし、SNSの氾濫によってその秩序が崩壊し、無連絡のドタキャンは当たり前。この主人はやむなく、見ず知らずの初めての客には、予約代行サービスを経由して予約をしてもらうようになったと語る。

 しかし、このサービスを使っても、実際に予約ができるかと言えば、至難の業だ。お目当ての飲食店の予約開始日には、わずか数席をめぐり、人気店になると国内外から膨大な数の人が待機しているからだ。星付き飲食店の食べ歩きが趣味という男性(36)は、これまで予約開始日になると会社を休んで、朝から電話をかけ続けていたと語る。

「このサービスの登場によって誰でも簡単に予約困難店にアクセスできるようになりました。一方、行けるかどうかはわからないけれど、とりあえず席だけ押さえようという安易な考えの人も予約争奪戦に参戦するようにもなりました。実際、予約を取れた日に店に行くと、少し緊張した面持ちの客がいるんです。ああ、あの人も争奪戦を勝ち抜いたのかと思うと、同志のような親近感を覚えてしまいます」

 だが、実際には店の常連は支払い時に、次回の予約を入れて帰るのがお約束になっている。つまり、予約代行サービス上に開放されるのは、常連枠を除いた残りの数席に限られるということだ。大手予約代行サービスの現役社員はこう打ち明ける。

「人気のある店の予約は、建前としては早い者勝ちですが、実際には店側からこの人は入れないでほしいという要望を反映させています。ただ、結果として常連と新規でも同じような客層で店の予約は埋まってしまうので飲食店というよりも緊張感のないサロンと化している店があるのも事実です」

(編集部・中原一歩)

AERA 2020年1月20日号より抜粋