「自分に対して諦めや絶望を感じた時期もあります。でも人間の尊厳はお金では買えない。それに勇気ある行動をする人々は大勢いる。同じ思いを持つ人がいることに安心もします」

 香港では、昨年から市民たちの民主化デモが続いてきた。

「学生たちと警官隊の衝突があり、おばあさんまで殴られているのを見ました。ひざまずく彼女を警官が押し倒して頭を地べたにすりつけた。警察は『手を出したからだ』と言うけれど、おばあさんの両手が祈るように動いていただけなんです」

 ウォンは変化も感じている。

「以前、香港の若者たちはみな携帯かゲームに夢中でした。レストランで耳にする会話も『あのブランドの靴がカッコいい』などだった。しかしいまの若者たちはみな歴史や政治を語り、『私は香港人だ!』と誇りを持って主張しています。この状況は人々の価値観を変え、奇跡を生み出していると感じます」

 今後も声を上げ続けると話す。

「この5年の間に母が亡くなってふと思ったのです。人生や命とは実に短く限られたものだなと。一昨年、4歳で生き別れたイギリス人の父の消息をテレビ番組を通じて知り、異母兄弟と対面することもできた。人生とは小説のようだなとつくづく思います。いま僕はその新たな一章に入ろうとしているのです」

(フリーランス記者・中村千晶)

AERA 2020年1月20日号